名称未設定-1

ある縄文好きな殺人者の生活 1

加曽利E式の弾丸は、哀れな現代人の命を奪い、堅くツヤのあるチェスナットの床に力なくめり込んだ。

男の肉体はふらふらとした数秒間の揺れの後に、突然に両膝の関節が脱力し、勢いよくぐしゃりと床に崩れ落ちる。落とし穴に落ちた動物が一気に視界から消える光景は、もしかしたらこんな感じだったのかもしれない。
部屋の天井には採光のために四角い小窓が並び、そこから朝方のいくつかの光の柱が斜めに差し込んでいる。
光の柱の中で静かに漂っていた無数の埃たちは、部屋の中で行われた突然のクライマックスにあわてたように大きく曲調を変え、やたらめったらに走り回る。それからしばらくして、ある一つの方向にまとまりうねりとなる。それはまるで埃たちによる死を中心にした儀式のようだと私は思う。部屋の中を大きく回遊するその様子は、かつてよく読んでいたグラフ誌に載っていたサウジアラビアのメッカに巡礼する白い着物を着た人々をスローシャッターで切り取った風景によく似ている。
儀式の邪魔をしないように、なるべく静かに、息すらも殺して、彼の死と床にめり込んだひしゃげた弾丸を厳かな面持ちで眺める。
見た目ではわからないが、黒いダッフルコートを大きく広げて仰向けに倒れた男の背中はいまや真っ赤な自身の血でぐっしょりと重く濡れているだろう。差し込む光の部分をのぞいて部屋は基本的には薄暗い。細く白い煙を立ち上がらせまだ熱を持っているであろう弾丸が男の半歩頭上に見える。本来、椎の実型、いやドングリ型の形をしていた弾丸の胴部に刻んだE式の渦巻きはすでに形をなしていない。ちょうど胸の中心、胸壁のあたりに2発撃ち込んだ弾丸の一つはまだ身体のどこかに留まっているのだろうか。カエルのように折りたたまれた両足、大きく広げた手、右腕は生きている時よりも元気よく頭上にかかげ、左手は体に近い所に、手首は床を掴むように不自然な方向を向いている。山梨県で見た有孔鍔付土器にこんなポーズの人体文があったはずだとつい考えてしまう。男の左手首にはスマートウォッチが見える。なにかに反応したのか白黒のミッキーマウスが黒い画面に突然映し出され、陽気に白い手袋の両手で時刻を指差す。9時5分。部屋に差す光の柱は少しづつ移動し、数時間後には三内丸山遺跡の六本柱のように垂直に立ち上がるだろう。
私は次の行動に移る束の間、目を閉じる。

埃たちの儀式も落ち着いてきたようだ。
部屋は遺跡のようにひっそりと静まり返る。私はそんな場所が好きだ。

(続く)

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