引退馬の現実的な支援について

 この何気ない1枚の馬の写真、なんだか分かりますか?
これはとある養肥場に連れて来られた元競走馬です。
2017年11月2日現在、写真に写る名も無きサラブレッドは生きています。
体全体が筋肉質であるため、運動をさせず馬房から出される事無く草を食べるだけの日々を過ごさせて肉が緩むのを待ち、そう遠くない将来
この1頭の元競走馬は食肉へと加工されます。
これは過去何十年、繰り返し議論され続けても未だに答えの出ない現在進行形の問題です。

 今年度のサラブレッドの出産頭数を調べてみたところ7000頭ほどが生まれていました。
POG等が盛り上がる昨今、数々の新馬の写真を目にして頭を悩ませた方も多くいると思います。

 さて、この7000頭ほど生まれたサラブレッドですが
競走馬としてデビューできるのは7割ほどと言われます。
体質の問題、気性の問題、病気、怪我、馴致で上がれないなど理由は様々ですが、デビュー前に命を落とすケースは少なくありません。
馴致をクリアして調教に進んだとしても、血統面で劣ると判断され買い手が見つからない馬の多くも競走馬になれないまま命を落とす事になります。
これは毎年、我々の知らぬところで起こっている現実です。

 そして調教を経てようやく新馬としてデビューしたとしても、その多くが最終的には人知れず加工肉へと成っています。
私たちが普段、週末に何気なく賭けているレースの1つ1つ
文字通り彼ら、彼女らは命がけの競争をしているということになります。
その競争に負け、淘汰された結果が冒頭の写真で紹介した1頭の名前を失ったサラブレッドです。

 今でこそ引退馬協会というNPO法人の会員となり微力ながら引退馬の支援を始めて色々と調べたり、こうやってブログを書いたりしていますが
それ以前の私自身、競争生活を終えた馬の支援というのは「趣味・競馬」とは切り離された遠い世界の話に感じていました。
どこかの誰かがお金を出しているんだろう、どういう経営をしているのかは知らないが、どこかの牧場へと送られて過ごすんだろうと言った具合です。

 引退馬支援について突き詰めると最終的に浮かび上がるのは「金銭的な問題と人材不足」です。
養老する為の牧場(ハード)は揃っていても、馬を養う為の維持費や人手(ソフト)が追いつかないという状態です。
競走馬に少しでも現場で携わる(携わった)方々がこれら引退馬の問題等についてシビアな口調で切って捨てるのは、この現実を目の当たりにしているからこそ一切の甘さがないのだろうなと今なら理解できます。

 先月とある記事を目にしました、2歳新馬戦で惜しくも命を落としてしまった馬の記事でした。珍名と呼ばれる類いで目を引く馬でしたのでピックアップされたのでしょう。
記事の締めくくりに、全力で走る馬を魂の底から応援することが不幸な馬をなくしていく第一歩という旨が書かれていました。
その純粋な気持ちにエールを送りたいと同時に、冷たい事を書きますが「応援」は「支援」には繋がりません。
いくら馬券を買い声援を送ろうと食肉加工される馬の歯止めにはならないし、養老牧場で過ごす馬の飼葉にはなりません。
馬を救う為には「身を切る善意」が必要です。

 そしてつい先日の話なのですが、2000年代テイエムオペラオーと名勝負を繰り広げた宿命のライバル「メイショウドトウ」の受け入れ先が引退馬協会へ決まったというニュースが流れました。
ネームバリューは抜群で話題性もあり、これは支援者が名乗り出てもおかしくないなと期待して見ていましたが
ここぞとばかりにオペラオーやドトウの過去の思い出、蘊蓄を語る方はいても、これを機に引退馬協会へ入ってみようというコメント等はなく落胆しています。
それはやはり、上記で書いた私のように「引退した馬とは遠い世界の話」であるという事なのでしょうか。

 競馬とは命を取り扱う娯楽です。
私たち人間の娯楽にぶら下がって生かされているのが競走馬です。
可愛いお馬さんが可愛いままでいられるのも、馬の能力、関係者の方々の必死の努力があるからであり、見捨てられた馬は冒頭の写真のようにブラシもかけられず、たてがみはボサボサのまま散歩すら許されず最後の時間を過ごします。
過去現在幾度となく、幾人もの人が訴えてきた現実を改めて見てください。

 少しずつ支援に関する環境は変わりつつあり、調教師の角居先生主導で立ち上げられたサンクスホースプロジェクトなどの動きがSNSを通じて活発化しているのも目立ちます。
吉備サラブリの施設がNHKニュースの一部コーナーで取り上げられたり、サラブリ施設の支援金となるチャリティー販売もつい最近ですが行われていました。
一見すると盛り上がって来ているように感じる引退馬支援ですが、実際のところ「なにかしらの形で継続的に引退馬の支援をしているよ」という方はどれだけいるでしょうか。

 私が引退馬協会に入る際、ツイッター上で仲良くさせてもらっている方と同じタイミングで入会したのですが
私とその方2人で驚いた事はあまりの会員数の少なさです。
もちろん引退馬の支援団体は引退馬協会だけではないので、各団体、養老牧場等への直接の寄付をされている方々を含めれば母数は増えると思います。
しかし、数百万規模と言われる競馬ファンに対して「たったこれだけの人数しか実際に引退馬に目を向けてないのだな」という現実を突きつけられたのも、また事実です。

 引退馬の支援をするにあたって桁外れなお金は要りません。
各団体の会員費や継続的なファンドなどそれぞれ形は違うので上下差はありますが、引退馬協会を例に挙げると一般会員は1000円です。ボランティアという形であれば月々無料です。
角が立つ書き方をしますが毎週末のように馬券を買い楽しむ社会人の競馬ファンにとって月1000円(週250円)の捻出はそれほど難しいことでしょうか。

 自分一人が動いたところで現状何も変わる事が無いという考え方は全ての問題をその場で足止めさせます。
微力ながらも支援者が増え、議論が活発化してこそ明るい未来が訪れるのではないでしょうか。

 ここまで私の稚拙な文章をお読み頂いてありがとうございます。
今まで私とツイッター上で関わりを持つ方々には「それぞれの前向きな気持ちが明るい未来へ繋がる」と言ってきました。
しかし、現状を知るにつれて気持ちだけでは1頭の馬さえ救えないという現実に直面したため、今回こうやって直接的な支援のお願いを書く事にしました。
皆さんの財布事情により捉えられ方も様々だと思います。支援というのは序盤でも書きましたが「身を切る善意」です。なので他者が強く強制する事ではありません。
しかし敢えて皮肉を書きます。
「これだけの現実を知った上で、何の後ろめたさも無く今まで通り競馬を楽しめますか?」

 ・蛇足の余談
 自分語りになりますが私なりの考えを簡単に記します。
時折、誤解されている方もいますが私は何もかも動物愛護の精神で馬を助けろ支援しろという立場ではありません。
田舎の出自なので、畜産を営む牧場の息子が同級生に居た事や、競馬好きだった祖父から色々と教えられた話でペットと経済動物や害獣の区別はつけて育ってきました。
動物愛護の精神だけで語ってしまうと、例えば実験用の動物等はどうなるのだという、根本的な話の筋が逸れるとも思っています。

「食われる為に生まれて来たのではなく、走る為に生まれて来たのに人の手ひとつで生き死にが決められてしまう」
「生きて行ける道は用意されているのに助けてやる事ができない」という事実を無視して馬券を買う事ができなくなってしまった。
「競走馬の現実とは〜」と高説をいくら語られても、現実問題として何もしないわけにはいかないという気持ちが働いた。ただそれだけです。