日本人はもっと危機感を持って欲しい〜20歳の若造の戯れ言〜

※これははてなブログから移転してきた記事です。


いつもは技術記事ばかり書いている僕だが、今回はポエムを書いた。
会社をやっていく中でいろんな人に起業の動機を聞かれるので、自分の想いを文字に起こして思考を整理しようという意味合いもある。

はじめに

これはポエムだ。
人生経験も大してない20歳の若造の戯れ言だ。
ただ、自分は若造だがだれよりもこの「日本」という国を想ってる自負はある。
今回は言葉の大きな力を信じて筆をとった。
数値や論理の厳密性はないかもしれないが、酔った勢いで書いているポエムなのでお許しいただきたい。

(これを書いた時は20歳だったのだが発表した現在は21歳になってしまった。ただ、原文の勢いを残したかったのでそのままにしてある)

死にゆく国日本

残念ながらこの「日本」という国は死にゆく運命にある。

皆このことは薄々分かっているのだろう。
同世代の友人に

「日本ってやばいとおもわない?」

と聞くと、皆口をそろえて

「やばいと思う」

と言う。
ただ、その後に必ずと言って良いほど

「何がやばいのかわからない」

と言う。

残念なことに、20歳の僕にとって「日本」と言う国は生まれてこの方ずっと衰退の一途をたどってきた。
僕の生まれた1996年は既にバブルがはじけ、一般的に「失われた20年」と呼ばれる時期に突入していたし、ここ5年ほどは一流企業と言われていた企業の衰退が顕著に目に見える形ででてきている。

高校時代に感じた違和感

高校時代、僕は政治でこの日本という国を変えようと考えていた。
授業で日本の産業の衰退や少子高齢化の問題を教わる中で、当然のように、どうやったら良くなるんだろう、という気持ちが芽生えた。
ただ、残念な事に日本の学校という場は政治を語ることをタブーとする空気に覆い尽くされていた。

そのため僕は議員会館に行き各党の議員さんに対して自分の考えた政策を聞いてもらうことにした。
幸い高校生という立場が見方をして高い確率で多くの議員さんとお話することができた。
議員さんは僕の案を聞いた時、口をそろえて

「すごいいいね、ぜひやろう」

と言った。しかし、それを実際に形になる形で行動に移してくれる人はいなかった。

学校の授業で習うときは「少数の権力者の暴走を止めるべく革命を持ってして人々が手に入れた広義の民主主義」と呼ばれる仕組みに感動していた僕は、現実世界で多数の既得権益の前になすすべのない若者を目の当たりにすることになった。
優秀な人は沢山いるのに何も決められない国、それが日本である。

その後政治教育の普及のため、18歳選挙権運動に高校生としての時間を捧げるわけになるのだが、政策に関しての意見がまったく合わなかったとしてもひたすら日本の未来について語り合える同世代を持てたことは僕にとって大きな財産となった。

親の影響もありずっと医学部志望だった僕なのだが、この経験をもとに政治の世界ではなくサービス、そして会社として世の中を変えていくほうが早いと思い、親の猛反対を押し切って高校3年次に文転することとなった。(理系にいる限り医学部にしか志望を出させないと言うようなヤバい親だったので医者にならないためにはこうするしかなかった)

あきらめ世代

世の中では僕たち20代の若者を、欲がない世代として「さとり世代」と揶揄することがあるそうだが、僕はむしろ「あきらめ世代」だと思っている。

最初にも触れたとおり多くの若者は日本という国に対して漠然とした危機感を感じながらも行動に起こそうとする人は極めて少ない。
「自分が動いたところで」というあきらめの空気が漂っている。

歴史を積んだ多くの日本企業において、意欲のある若者はまず会社や官僚などの組織の中で年上のおじさんと闘うことになる。
意欲高くそれらの組織に入っていった人で、意思決定を行えるレイヤーにたどり着くまでに疲弊し、年齢をとって丸くなってしまう人達を幾多も見てきた。

そして前述の通り、政治の世界では痛みを伴うが長期的視点にたてば当然おこなうべき改革をまったく行えない体質になっている。

日本的な組織の典型とも言えるのが今の2020年オリンピックの組織委員会だろう。
大会を招致する段階では様々な業界の若い方々が表立って活躍されていたのでこれは日本がかわる象徴になるのではないかと期待したが、いつからか委員会の名簿から若い人達が消えていき、まさに「おっさんの国」を象徴するものになってしまっている。何が内部で起こったのか詳細に知る機会はないのだが容易に察することができる。

一方で、既存組織に辟易した若者も独立してがんばっていこうとしているが、日本の「出る杭を打つ」風潮の前になかなか壁を突き抜けられずにいるように見える。

僕の幼少期にはライブドアによる堀江貴文さんの事件が話題となり、僕たちの親世代はみな「ほら、東大やめて起業なんかするから」といった風潮に包まれていた。
間違いなく粉飾決算はやってはいけないことではあるのだが、あの事件があった当時のメディアなどによる異様なたたき方、捜査の方法は幼い僕の記憶にも残っている。
叩く前に対策を考えて実行することが本質だろうと思うのだが結局そのまま時は流れ、東芝の粉飾決算に至った。
多くの若者がこの対応の差を見て、この世の中に失望したことだろうと思う。

このような世界でいったい誰が希望をもてるというのだろうか。

そしてこれから


同世代の優秀な人達は日本を捨てればいいじゃないかと言って海外に行く人も沢山いたし、僕もそれは一理あるなと思っている。
だが、なぜなのか僕はこの日本という国がとても好きだし、死ぬゆく祖国を指をくわえて傍観者となることに耐えられないなと思うタチの人間のようだ。

イーロン・マスクが人類レベルで事業を行っている中、自分の視野は本当に狭いなと思うのだが、僕は日本から世界を代表する企業が再び出てきて欲しいと思っているし、それに自分も本気でチャレンジしていきたいなと思っている。

世の中への価値提供の度合いを測る一つの指標として僕は時価総額を見る。
日本は時価総額TOP10が長い間ソフトバンク以外ほとんど入れ替わっていないような国なのだが、将来的には当然そこに食い込んでいき、世界の市場で活躍するつもりである。

僕は自分の能力が特別高いわけでもないことは重々承知しているのだが、周りにはあきらめ世代があふれているので僕がやるしかない。
その上、僕は恐ろしいくらい出会う人の運に恵まれている。
だからいずれかは目標を達成することができるだろうと根拠無く思っている。

大きいことを成し遂げようとするためには多くのひとの協力が必要である。僕一人では何もできない。
既得権益がちがちの組織をぶちこわして長期的にこの死にゆくこの日本という国をどうにかしてやろうという人、あとはこの荒削りで愚かな若者を応援してやろうというありがたい大人の方々はぜひお話させていただければ幸いだ。

一度推敲とかせずに書いているから多くの敵を作るだろうし、批判に晒されるかもしれないが僕の決意を公にする意味でもこれを公開しようと思う。

最後まで僕の稚拙な文章を読んでいただきありがとうございました。

http://flatt.tv


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

11

井手 康貴

コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。