見出し画像

【美術ブックリスト】 『ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち』レジー著

【概要】
音楽ライターの著者が、「教養を身につけてビジネスを乗り越えよう」「ビジネス教養としての〇〇」などと謳われるときの、新しい意味での教養をファスト教養と名付けて、その功罪と背景を分析している。現代の教養は、「ビジネスで勝つため」「周囲を出し抜くため」に、「コスパ重視」で身につけるざっくりとしたインスタントな知識となっていることを、中田敦彦、ホリエモン、勝間和代といった具体的な人名や書名をあげて解説。その背景には、成功しなければ時代に淘汰されてしまうという不安があること、そのためにはスキルアップが要求されること、AKBに代表される競争社会との親和性などの時代の分析も同時になされる。
 しかしそんなファスト教養の一部の書籍には、即効性のある知識の枠を超えたしっかりとした分析で勉強になるものもあることや、そもそもファスト教養とは経済的自由を掲げる新自由主義の産物であり、学ぶことで本来得られるのは精神的な自由であることなどが、音楽や映画やドラマなどの多様な例をあげて語られる。
 ここまでが概要。

【感想】
 前回の『学芸員しか知らない 美術館が楽しくなる話』を読んでいて気になったので、取り寄せて読んでみた。
 私の現代の教養の理解は、本書とはやや異なる。
 教養とは人間や歴史についての厚い知識と深い洞察に基づく、品性を養うものだった。時代によっては人間を陶冶するものだったり、人間の社会性としての共通感覚を担保するものだった。それが本書が言う通り現代では社会的成功のために必要な上級スキルになってしまった。しかしさらにそれは「知っておかないと社会人としてマズイこと」から「知っておくと得をすること」あるいは「知っておくとワンチャン他人を出し抜けること」へと変化した。ここまでは本書と重なる。しかし人と差別化できることが主眼になったせいで、どんなジャンルの知識でもよくなり、教養としてのジャズだの、教養としての茶道だの、教養としてのマンガだの、なんでも教養になって際限なく広がっていったのだと思う。
 これと表裏をなすのが「東大王」に代表されるクイズや漢字検定に代表される検定問題である。ほとんどは知らなくていいことである。教養はいまやクイズの答えになり下がってしまっているか、合格しても資格にもならないカネ集めの道具になっているというのが私の認識である。
 そしてあらゆるジャンルのなかでもっとも理解困難なものこそアートであることから、「教養としてのアート」を身につけることで、ビジネスの分野でも突破できるという錯覚を生んでいる。

 さて本書ではこうしたファスト教養を解毒する処方箋として、好きなことを深く学ぶことへとシフトすることや、意図しない情報による思考の活性化としての複数人との雑談が提案される。それ自体は正しいと思うのだけど、それにたどり着くまでが長かった。

 外山滋比古さんはあるインタビューで、読書が勉強になるのは30歳までであり、40歳をすぎたら仲間を作って違う意見や発想に触れるといいと言っていた。(外山滋比古「94歳が断言"読書が役立つのは30代まで"」PRESIDENT 2017年10月2日号
 さすが本物の教養人だけあって、ビジネスとは異なる学びのあり方を平易に示してくれていた。結局、ファスト教養を是正してくれるのは、本物の教養の力によるのではないかと思った次第。

集英社新書 1056円

第一章 「ファスト教養」とは?──「人生」ではなく「財布」を豊かにする
「ファスト教養」と「教養はビジネスの役に立つ」/「教養」と「金儲け」をつなぐ「出し抜く」

第二章 不安な時代のファスト教養
「脅し」としての教養論/読書代行サービスとしての「中田敦彦のYouTube大学」/
世界のエリートのように「美意識」を鍛える必要はあるか/ファスト教養は「オウム」への対抗策になるか

第三章 自己責任論の台頭が教養を変えた
「ホリエモンリアルタイム世代」が支えるファスト教養/勝間和代は自分の話しかしない/教養×スキルアップ=NewsPicks/
橋下徹と教養の微妙な関係/ひろゆきが受け入れられた必然/ファスト教養に欠落しているもの

第四章 「成長」を信仰するビジネスパーソン
インタビュー1 着々とキャリアアップする三〇代/インタビュー2 大企業で自問自答する二〇代

第五章 文化を侵食するファスト教養
「ファスト映画」と「ファスト教養」/ファスト教養視点で読み解く『花束みたいな恋をした』/
AKB48と「ネオリベ」/利用される本田圭佑/「コスパとエンターテインメント」の先に何を見出すか

第六章 ファスト教養を解毒する
ファスト教養をのぞく時、ファスト教養もまたこちらをのぞいているのだ/
リベラルアーツとしての雑談、思考に必要なノイズ/「ジョブズ」を理解する受け皿になる


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?