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『アンカット・ダイヤモンド』 感想

 私は『神様なんかくそくらえ』でサフディ兄弟にベタ惚れした。『神様なんかくそくらえ』を観たときは、まだ映画を観はじめた頃だったが、日本版のDVDのジャケットが目にとまったのと、東京国際映画祭でグランプリを受賞したとのことで観賞した。今まで観たことがない映画だった。映画に対して全く詳しくない者としても、ここまで荒さを意図的に狙っていることが衝撃的だった。描かれる人物にストーリー。けたたましいサウンドが忘れられず、脳裏に焼きついた。

 その数年後『グッド・タイム』が公開された。前作同様に、サウンドとカメラワーク、映像の荒さ、貧しさ等が存分に描かれていたが、何よりもエンタメ要素に富み、映画として高いレベルに仕上げていたことに驚いた。
 『神様なんかくそくらえ』は、はっきり言って万人受けはしない。それを否定することは難しい。
 『グッド・タイム』も万人受けするかと問われれば、やや不安を抱くが、映画好き、もしくはスリラー・クライム映画が好きなら存分に楽しめる。

 「凄いな、サフディ兄弟」と心の底から思った。

 そして本作『アンカット・ジェムズ』について。

 映像やストーリー、音楽はやはりサフディ兄弟だった。絶品。予告編を観て、本作に興味が湧かない人はいないだろう。いたとしても少数だ。

 しかし、少し過去作とは違った印象を受けた。

 前置きが長くなってしまったが、『神様なんかくそくらえ』でサフディ兄弟に惚れ、『グッド・タイム』で感嘆したサフディ兄弟ファンの『アンカット・ジェムズ』の感想です。

 ネタバレ有り

 まず、大前提として、ここまで映像と音にこだわりのある映画を映画館で観れなかったことが悔しい。
 配給がNETFLIXと聞いたとき、日本で劇場公開されるか不安だったが、不安は的中した。NETFLIXでの独占配信となり、『アイリッシュマン』、『アースクエイクバード』、『マリッジ・ストーリー』、『キング』のように劇場公開はされなかった。基準が良く分からない。『失くした体』が劇場公開出来たのは何故なんだろう。フランスのアニメ映画が劇場公開するのはかなり珍しいと思われる。

 家で観るか、映画館で観るかの差が特に本作は大きいと思う。

 過去作との違った印象。『神様なんかくそくらえ』、『グッドタイム』で共通して見受けられた、"貧しさ"。『神様なんかくそくらえ』は路上生活者を、『グッドタイム』では障害を持つ弟を、支えようとするが上手くいかず、銀行強盗に走る兄を描いた。
 サフディ兄弟は貧しく、治安の悪い"ニューヨーク"を描いてきた。

 ニューヨークとイメージする作品はやはり『プラダを着た悪魔』などだろう。高層ビル、キャリアウーマン、コーヒー、人ごみ。こちらをイメージする人が多い。しかし、サフディ兄弟は違う。

 華やかしさなどまるでないニューヨークと貧しい人々を荒い映像で描くサフディ兄弟に惚れた。
 しかし、本作はやや華やかしさを持っていた。宝飾店を経営するギャンブル狂いの男が主人公。豪華なジュエルを身に纏い、ケビン・ガーネットなどの著名人とも交友がある。
 私は、サフディ兄弟は優しい映画を撮っていると思っている。本作はどうなんだろう。依存症というものを深刻に見れば、多少はそういった気持ちが芽生えなくもないが、周囲の人間を"金(かね)"としか思っておらず、自身はギャンブルばかり。いい加減で我がまま、傍若無人ととれてしまっても無理はない。

 主人公への共感、感情移入という点で前作ほど入り込めなかった部分があった。前作と比べると登場人物への思い入れに欠けるということ。おそらくそれが"心配"ではないかと考えている。本作の主人公がクズだから、「どうなってもいいや」みたいな部分があったと思われる。緊迫感はちゃんとあるから、また凄いけど。

 貧しい生活の中、人を想うアリエル・ホームズ。
 弟のため奮闘する兄。
 しかし、本作は自分のやりたいように行動するギャンブル狂いのクズ。

 関わらず、ただ見てるだけだったら楽しい人間な気はする。「うひゃー、また無茶やってるぜあいつ」と。

 過去作とやや違った印象を受けたものの、ストーリー、映像、サウンド、キャストという面で本作がサフディ兄弟史上もっとも映画としてレベルが高いのは確か。
 本当に、けたたましく騒々しい映画だった。物語は一秒も静まることはないし、サフディ兄弟の転機的な作品だと思う。次回作以降、どんな色になるのか楽しみ。

 サフディ兄弟は変わったキャスティングをすると思っている。本作も変なキャスティングだ。ミュジーカル俳優、もしくは『アナ雪』のエルサのイメージがある、イディナ・メンゼルをこんなクライム映画に起用するかね。恋人役のジュリア・フォックスはド新人だし、ケビン・ガーネットに至ってはスポーツマンで、俳優ですらない。ウィークエンドも。

 一風変わったキャスティングだからこそ、変なイメージがやや払拭されている。エル・ファニングとか、もうフラットに観れない。役として観れない、エル・ファニングとして観てしまう。

 脇役も絶妙。ちょっとしか登場しないけれど、アダム・サンドラーが時計渡して「どっか行け」と言われた小柄な男性。個人的に凄くリアル感があってたまらなかったところの一つ。こういった細部へのこだわりは、作品を高みへと登らせる。

 オパールに依存するKGも面白い。皆が何かしらに依存して生きている。

 サフディ兄弟の映画に何でハマるかで、色々と評価が変わる気がする。本作が好きなら、過去作はいまいちに感じるかも。


監督:ベニー・サフディ ジョシュ・サフディ
脚本:ジョシュ・サフディ ロナルド・ブロンスタイン
   ベニー・サフディ
出演:アダム・サンドラー イディナ・メンゼル ジュリア・フォックス
   ラキース・スタンフィールド ケビン・ガーネット
   エリック・ポゴシアン ジャド・ハーシュ エイベル・テスフェイ
   ザ・ウィークエンド
音楽:ダニエル・ロパティン
撮影:ダリウス・コンジ
原題: Uncut Gems
時間:135分
製作国:アメリカ

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