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リプレイング・ザ・ミュージック

 2020年初夏、全国的な外出自粛要請が解かれようとしていたある日、長らく行方不明になっていたiPodが部屋の片隅に隠れていた手提げ袋の中から発見された。このiPodには2015年頃までによく聴いていた音楽が収められている。所有者の音楽聴取変遷は以下の通り。

1980年代 
テレビやAMラジオで流し聞き→テレビの前にラジカセを置いて音楽番組からカセットテープに録音→ラインで繋いで録音

1990年代 
FMラジオ番組からカセットテープに録音→ダビングして編集
アルバムをカセットで購入(1本のみ)→連日レコード店に通いCDを購入→ビデオショップでCDをレンタル→CDからカセットテープに録音してウォークマンで聞く

2000年代 
ポータブルCDプレーヤーからMDプレーヤーへ
CDからMDに録音して編集
レコード店が軒並み閉店→インターネットでCDを購入

2010年代 
新しい音楽を欲しなくなりCDの購入枚数が激減(イベントや映画を見て気に入ったときに買う程度)→携帯電話のMP3プレーヤーにダウンロード→iPodにダウンロードまたは手持ちCDからアップロード→新しい音源はiTunesで購入(年にアルバム1〜2枚程度)

 2019年に中古車を購入すると、付属のカーステレオのMDプレーヤーで手持ち音源を再生して懐かしむなどしていたが、基本的に音楽は運転しながらそのMDかラジオを流し聞きするばかりで、家で聞くことはほとんどなかった。ほぼ、家で音楽を聞くということを忘れていた。

 そして2020年、無期限の春休みを家で過ごすことになって2か月が経つ頃、過剰にとる睡眠の中で見る夢にやたらと音楽が鳴りはじめた。
 夢の中で音楽を聞くことは以前からないわけではなかった。現実世界で流れていた音が入りこんできたり、静寂の中で眠っていたはずなのに聞いたことのない曲が流れたりした。夢の中のラジオで知らない曲が流れてきて、高野寛氏が「このバッドリードローンボーイの曲、いいね」と言ったから、名前しか聞いたことのなかったバッドリードローンボーイのCDを買ってみたという経験もある。(夢で聞いたメロディーと同じ曲はなかったのだけど、かなり好みの音楽であった。)

 2020年の夢では、路面電車に乗り込むと、BGMで映画「アルファヴィル」のサウンドトラックが流れていた。私は誰が選曲しているのか、なぜこの選曲なのかが知りたくて仕方がないのだが仕事中の運転手さんに話しかけられずにヤキモキしているうちに、目が覚めた。デーデッが頭の中で鳴り止まないので、いっそのこと実際に聞いてしまえ。iPodに入れていたはず、と探すのだがみつからない。何ヶ月か前にあそこにそれらしきものがあるのを認識した気がすると思いその付近をひっくり返してみるが見当たらない。
 何日か経って諦めかけたとき、あそことは全然違う場所からiPodが出てきた。さっそく、ゴダール作品のサントラ集を再生する。デーデッで間違いない。「アルファヴィル」は20年位前に神戸の映画館で見た。熱発して朦朧とした状態で見に行ったのを思い出した。あれは多分インフルエンザだった。今だったら完全にアウトな行動である。あの1回しか見ていないはずなのに音を聞いているといくつかの場面が鮮明に浮かんでくる。話の筋はほとんど覚えていないが、愛が見つかった!気がする。
  「軽蔑」の音楽が紛うことなきジョルジュ・ドルリューで驚く。私が一番好きなサントラはトリュフォー×ドルリューの「恋のエチュード」なのだが、「軽蔑」の音楽がこんなに美しかったとは今まで気づかずにいた。「軽蔑」は30年位前にNHKで放映されたのを見た記憶がある。多分、初めて出会ったゴダールの映画だった。話は全く覚えていない。唐突にBBが裸だったのと、先日亡くなったミシェル・ピコリ氏が素敵な帽子を被っていたのが印象に残っている。改めて見たら、思うことが山程ありそうな気がする。ちなみに、ピコリが演じた役で一番好きなのは、ロシュフォールのシモン・ダーム氏である。
 元のサントラ集CDには「勝手にしやがれ」と「気狂いピエロ」も一緒に入っている。この2作品はビデオやらDVDやらリバイバル上映の映画館やらで何度か見たので、いろいろ覚えている。京都のみなみ会館で「気狂いピエロ」を見た際には、頭の中でドッカーンと爆発が起きた。あの時、「芸術は爆発だ」を体感した気がしてならない。
 アンナ・カリーナとベルモンドの歌声もCDに収められている。何度繰り返し聞いても飽きることがない名盤だと思う。CDを買った時のことも覚えている。地元の映画館でフランス映画か何かがかかった時に、幕間のBGMで「私の運命線」が流れていたのがきっかけだった。帰りに受付で尋ねて収録されたCDがあることを教えてもらい、そのままレコード店に寄って手に入れたのだった。宝盤と言ってもいい。

 あの頃は、新しいものも古いものも夢中になって発掘しようとしていた。若かったし、時代の流行もあった。この頃の音楽や映画に対する投資が今の自分の精神的な糧となっているのは確かである。
 今、サブスクリプションでもなく、iPodで貯蔵した音楽だけを繰り返し聞くことは、産業、経済的には何の支えにもならないかもしれない。助かるのは自分だけで、社会に何の貢献もしていないのかもしれない。
 でも、ただ家にいて音を聞いているだけで、楽しかったり、嬉しかったり、感極まったり、思い出したり、わくわくしたりできるのは、今のこの状況下では、最良の薬となりえるかもしれない。と考えた訳で、つまり、音楽って素敵やん、と気が付いてしまったことを報告する。

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