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夜が変われば朝が変わる

今月末に1年間住んだ場所を引き払う。次の住まいは決めていない。とりあえずの住所は実家に移すつもりだが、実家で暮らすつもりはない。

先週末、金曜になって思い立ち、土曜に荷物を車に積み込んで出かけた。盆地の底からカルデラの皿地へ向かって山を抜けてみた。半年前に道を間違えて辿れなかった国道を行く。対向車が来たらどうする?どうなる?緊張しながら走る一車線が続く酷道。ラジオは届かない。

夜は道の駅で過ごした。駅に着いたのは23時過ぎ。キャンピングカーや普通車は何台か停まっていたが、トイレ以外で出歩いている人はいなかった。軽自動車での車中泊は初めてだ。後部座席に丸くなって寝る。空調なしでも過ごしやすい気候ではあったが、やはり狭いのは狭い。夜行バスに乗ったとき、飛行機のエコノミー席で一晩過ごしたときを思えば、横になれるだけでも違うはず。でも、寝台列車の快適さに敵うものはないのだなあ。九州と関西、関東を結ぶ寝台特急のB寝台個室、あのコストパフォーマンスは最高だったなあ、と懐かしみながら、浅い眠りにつく。3度目に目ざめたときに、辺りが明るかったので、起きることにした。午前5時を過ぎたところ。手洗いに顔洗いも済ませて、建物の周りをうろつく。雲の向こうに薄っすらと山かげが見える。昨日買っていたパンとコーヒーを持ち出して、ベンチに陣取る。道の駅に隣接する公園にはドッグランがあって、まだ6時にもなっていないのに、10匹ほどの犬がワンキャン言いながら走り回っている。ボーッと過ごせるならばそうしたいところだけど、出発まであと4時間、明るさOK、気温OK、座席確保、これは本を読むチャンスタイムだとしか思えない私は車に積んでいた本を1冊読むことにした。普段は、朝から本を読むなんてことはしない。そんな余裕は朝にはない。本を読むのは、いつ寝落ちしてもいい夜か、一人でいられる休み時間か、電車の中だけだ。しかし最近は、昼も夜もまとまった時間はとれない。車で移動する時は、運転中はもとより、バスでも車酔いするので本が読めない。ただ、何かの拍子に待合の時間ができるかもと思って、一応は持ち歩いている。電車でも混み具合によっては読めないので困る。私は本が読みたくて鉄道を選ぶことがあるから。エッセイ集や短編集、詩篇の文庫本を手に入れると、電車に乗りたくなる。景色の良い路線で2時間くらい揺られるのがちょうどいい。今までで一番楽しかったのは、肥薩線でブローティガン。ときどき川見て緑眺めて、なんか飲んで、うつらうつらしながら読むには最高の世界だった。今回は、こないだ古本屋で手当たり次第に買った本を4、5冊積んでいたのだが、物語の気分にはなれなくて、カルチャー系の新書を読むことにした。牧歌的な目の前の景色とは相容れない話なのだが、これが嵌った。多分、道の駅が醸す生活感をぬぐいきれない旅の雰囲気が文学感の薄い読書に共通するところがあったのではなかろうか。1時間ちょっとで一気に読み終えた。

余った時間で近所を散歩することにした。7時に寺の鐘が鳴った。大きな音をたてて、1台のバイクが道の駅に入っていく。行き交う車は少ない。田圃ではおじさんが作業を始めている。道を渡って集落の方にも入ってみるが、怪しまれそうだったので、すぐに引き返す。

車に戻る。まだ時間があるので、30分ほど横になる。9時過ぎに目を覚ますと駐車場の車がだいぶ増えていた。店が開いている。中を覗くと、美味しそうなプリンが山盛りされていたので、思わず買う。プリンにはコーヒーだよね、とコーヒーも買って、本日2度目の朝食とする。充実の朝を過ごして午前10時出発。

旅のメインは朝にある。いつもと違う朝が、旅をしていると実感させる。昔、毎朝通る道をいつもより少し早い時間に通ったときに、持っていたのがボストンバッグだったことも手伝って、知らない街に来たような錯覚を覚えたことがあった。普段は朝起きが苦手でどうしようもない私が、旅先だと早起きできる。夜を過ごす場所を変えれば、朝が変わる。

オールナイトの映画館を出た後に食べた、朝の牛丼が忘れられない。友人の家から朝一で飛行場に向かう途中で飲んだスタバのカフェラテが本当に美味しかったこと。夜通し喫茶店でコーヒーを飲みながら過ごして朝の河原で寝た日のことも忘れない。ビジネスホテルに泊まった日のことは、あまり記憶に残っていないが、朝食が楽しかったホテルのことは覚えている。民宿で食べる朝ごはんや、お粥屋さんを探して朝から彷徨い食べたお粥も忘れていない。

幸いなのか、そうでないのかはわからないが、毎日同じ場所に通う必要がなくなった。家にいなければならない理由もなくなった。明日、どこにいても、気にする人はいない。連絡手段は確保できる。

世界には、まだまだ知らない朝がある。まだ知らない朝を過ごすために、このまま旅を続けてもよろしいか?




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