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ノーモア スペランカー

 初めて知ったネットスラングは『スペる』だった。引用元はなんじぇいスタジアムである。

当時の推し野球選手がやらたと『スペ体質』と言われていたせいだ。ここぞという時に最高の仕事をする代走の切り札だった。出てくるだけで試合の流れを変える規格外な選手であったが、現役ラストプレーは牽制死、コーチ就任後も日本シリーズ直前に文春砲を喰らって電撃退任という晩節を汚しまくった選手でもある。この一件を経て、推し選手の条件に『法律を侵さない』が加わったのはここだけの話だ。
さて、このスペ体質とやらの意味や由来を、影法師は知らなかった。知らなかったからなんだと言うのだ。わたしはデジタルネイティブ世代。手元にある端末でブラウザアプリを開き、こう打ち込めば解決する。

スペ体質 #とは

語源はアクションゲームの『スペランカー』。ファミコン版とアーケード版があるとかそういう話はゲームボーイ世代にはよくわかりません。とにかくこの主人公がすぐ死ぬと有名で、転じて怪我をしやすい人間を『スペランカー』と揶揄するようになったとのこと。確かに、かの推し選手は日の目をみる前、やたらと怪我に悩まされていたと聞いた。スペる、はスペランカーを動詞化した造語である。
ちなみに、主人公がどれぐらい死にやすいかというと、
① 自分の身長より低い高さから落ちると転落死
② 自分の仕掛けた爆弾の爆風に巻き込まれて爆死
③ 坂の上からジャンプで駆け下りると着地失敗で骨折して死ぬ

エトセトラエトセトラ。少なくとも私だったら永遠にクリア出来ないゲームなのは間違いない。

怪我をしやすいと言われたって、こっちだって好きで怪我してるわけねぇだろうが。
スペランカーの揶揄にそんな声が聞こえてきそうだ。今季のガンバ大阪はまじでやばい。クラスター発生による1ヶ月のチーム活動停止が明けてみたら、サイドの選手がほとんど全滅していた。ACL前にぼちぼち復活したと思ったら、1試合2試合でまた離脱。ほとんどが筋肉系の負傷であった。フィジコやトレーナーは何やってんだ!ってのは置いておいて、チームのリリースがたまに連絡を取り合う高校の同級生ぐらいの頻度なもんだから、サポーターにとっては負傷離脱というよりも行方不明みたいなもんだったと思う。うちの○○を知りませんか? 残念ながら肉離れです。ミートグッバイ。
そんな中でも福田湧矢の消息はあちこちのファン、サポーターが探っていた。最後の目撃情報はACL。太腿の負傷で戦線を離脱していたが、それにしては離脱期間が長すぎた。 福田老人会なる地下組織が存在するほどファンに愛される選手である。SNSは福田の名を呼ぶ声で阿鼻叫喚だった。

湧矢ァァ湧矢ァァ

さて、その答え合わせがされたのが、つい先日の浦和戦後である。太腿の故障のみならず、脳震盪の再発、そして慢性的な足首痛に煩わされていたと知った。『ネズミ』と呼ばれる遊離軟骨に近い症状とのこと。
遊離軟骨については堂場瞬一の『チーム』(実業之日本社)に膝の遊離軟骨に悩まされた選手の記載があったが、「風が吹いても痛い」と書かれていたのをよく覚えている。誇張は多少あったにせよ、元新聞記者だからよく取材した上で書かれた言葉なのだろう。福田の「まだ3ヶ月ぐらいしかサッカーができていない」という言葉が痛かった。

無事是名馬とはよく言ったもので、シーズンを通して戦い続けられる肉体はそれだけで財産である。特に若手にとってはその頑丈さが己のキャリアを助けてくれることが往々にしてある。怪我のせいで大成出来なかった選手も、ライバル選手の怪我により名前を売った選手もたくさんいる。
ただ、怪我を乗り越えて輝く才能も多く知っている。「もう腱を取る場所がない」と言うぐらいの手術歴を持つ元ヤクルトの館山とか、なんなら離脱中の福田を支えていた東口だって折り紙付きのスペランカーであった。ガンバ移籍後は顔面骨折ぐらいで(ぐらいで?)済んでいるが、この人前十字二回切ってるからね。福田を気にかけていたのは人の良さや福田の愛される後輩感もあるのだろうが、自身の負傷経験もそうさせたのではと思わなくもない。そんな東口をはじめとしたチームメイト、スタッフの心遣いと、本人の並々ならぬ努力の甲斐あって、福田湧矢は復活した。

足首はメスを入れてすぐ完治、といくほど単純なものではないようで、今後時間をかけても完治させるのか、痛みと付き合っていくのかは分からない。でも、噛み締めるような『サッカー、楽しかったです。久々だったから』なんてセリフはもう二度と聞きたくないのが本音だ。ノーモア、スペランカー。やっぱり福田湧矢には、輝くような人懐っこい笑顔が似合う。その笑顔を曇らせるものがありませんように。できるならばもう二度と、足首の痛みなどに煩わされませんように。一人のファンとしては、そう祈るばかりである。

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