見出し画像

100の0に寄せて

「いい感じのカーブ投げるピッチャー紹介してよ。推すから。長身だとなおいい。左右は問わない」
MLBファンの友人に聞いてみたら、自らが推すチームのエースを紹介された。マックス・フリード。その選手が昨日、ワールドチャンピオンを決めた試合の勝利投手になった。
まず顔と声がいい。いいとこのお坊ちゃんのような可愛らしいタレ目をしている。ミーハーなんて言うけどね、見てくれはとっかかりとして結構大事だ。そして軸足を思い切り蹴りあげるピッチングフォームがいい。長身で痩身なのでマウンドによく映える。フィールディングも上手く昨年のゴールドグラバー。打撃も今年のシルバースラッガー候補。代打でサヨナラヒットを放ったことも、代走で爆走の末ホームベースで相手と交錯するヘッスラをかまし、ファンと首脳陣の寿命を縮めたこともある。大前提だがカーブもやばい。お手本のように綺麗な曲がりと落ち方をするので、なんていうか、えぐい。
そんなエースが一塁塁審に何やら主張していた。初回ノーアウト一塁。ファーストゴロで一塁ベースカバーに入ったときに、右足を走者に踏まれていた。なんで海の向こうのスポーツ中継って足首がぐにゃっと踏まれる瞬間をアップかつスローで流すねん。フリードは珍しくおっとりした眼光を険しくしてアウトを主張したが、踏まれた足はベースに触れていなかった。記録はエラーでノーアウト一塁二塁。踏んだり蹴ったり、いや、踏まれたり蹴られたり。しかしそれでスイッチが入ったのか、その後は強力ヒューストン打線をバシバシしばき倒して6回無失点。一発攻勢で得た7点のリードを守ったままブルペンにつないだ。えぐい踏まれ方してたけど、足は案外なんともなかったらしい。怒りをパワーに、ゼロを積み重ねた。

積み重ねたゼロの原動力は何なんだろうな。スタジアムはお通夜であった。横浜F・マリノスとすれば、勝って優勝に望みをつなげたかったはずだから、残留争い中のガンバ大阪は『勝たないといけない相手』だったに違いない。それがしれっと完封負けしちゃったんだから、ピッチも観客席もいつも以上に元気がなかった。スタジアム通算3勝1分とした日産限定勝利の女神の影法師は、ガンバクラップが終わるとスタジアムを後にする。ユニフォームを着ていないので雑踏に紛れるのは容易い。横浜線に乗りさっさと自宅に帰ってきた。ワールドシリーズの結果を追うのに夢中で、携帯の充電が15%しか残っていなかったからだ。
マリノスは苦い敗戦に、ガンバとしては記念すべき試合になった。東口順昭、J1通算100完封達成。通算350試合出場の日に決めた。歴代で6人目とのことだ。めでたい。とてもめでたい。チーム最年長の御歳35歳。キャリアの真ん中はとうに過ぎたように思えるが、類まれなるセービング能力はいまだに健在で、ビルドアップやらキック精度なども年々向上が見られるのも凄い話だ。国内でも指折りのトンデモキーパーである。しかし、日本代表とは不思議なぐらいに縁が薄かった。
2015年の秋。浦和戦で、ライバル西川に守り勝ったあと代表に呼ばれた。川島が移籍先を探してハロワ通いしてた頃で、GK一番手争いを西と東でバチバチやっていた。チームでの成績は互角。2連戦の初戦は西川。チャレンジカップだし、2戦目はヒガシにチャンスが回ってくるだろうと思っていたら、シューサクニシカワのヘビーローテーションでずっこけた。マジかよハリル。チームに戻ってきた東口が、珍しく憔悴したようなコメントを残したのを覚えている。
『チャンスはくるものやと思ってた』
第一GK争い最大のチャンスだった19年のアジアカップで腰を負傷したあたりで、東口はそういう星のもとに生まれているのかも、なんて思ってしまったこともある。今だって何度もチームの勝利に貢献する活躍を見せておきながら、ポイチさんに見向きもされていないわけだし。

キーパーとピッチャーはよく似ている。打たれたとき、決められたときにわかりやすく矢面に立つところとか、結局ゼロに抑えればチームは負けないところとか。100完封ということは、少なくとも100試合はチームを敗戦から救ったということなのだ。そう思うととんでもない記録だと思うし、ヒガシには頭が上がらない。
思えば前十字負傷による長期離脱2回。顔面骨折も複数回。自分の境遇とか、代表との薄縁とか、年々緩くなるディフェンスラインとか、ブチ切れたい出来事はたくさんあったはずだ。実際試合中には時おり色んなものにブチ切れてGKの割にカードを貰いがちなのだが、置かれた状況に怒りを表明することはなかったと記憶している。秘めたる怒りの炎は胸の内にあるのかないのか、兎にも角にも東口は淡々とゴールマウスにたち続け、こつこつとゼロを積み重ねてきた。その数字がついに、三桁の大台に乗った。
静かな怒りを力にゼロを重ねたピッチャーは、ワールドチャンピオンとして報われた。だから東口がゴールマウスにいる間に、彼も報われるといいなと思う。勝てば優勝の舞台でゼロを重ねる痛快さは、きっと格別だろうから。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?