ピンピンコロリは異物排除の思想。


以前職場で、どんな死に方がいいか話したことがあります。

「不整脈か、大血管の破裂でポックリ逝きたいよなあ。」と

誰かが言いました。

みんなまだ、死ぬことが自分に起こることを

意識していない年齢だったように思います。

一番年上が40歳代前半でしたし、

誰も命を脅かすような病気もしていませんでした。

「そうだね、やっぱり苦しまずに死にたいよね。」と

意見が一致した気がします。

さて、それから月日が流れました。

死に方について話した同僚たちは、

それぞれ違う道を歩みましたから会うことはありません。

身の回りで人が死ぬことが珍しくなくなり、

誰かが治療を続けなければならない病気になったことも

よく聞くようになりました。

「ポックリ逝きたい」という希望は持っていますが、

どうやらそう簡単に逝けそうにないようです。

よく「あんなになってまで生きたくない。」という人がいますが、

どれくらいの人が「治療しないでそのまま死ぬ」と

意志表示しているのでしょう。

そこまで覚悟している人は、少ないと思います。

だって自分では治療を受けないように動かなくても、

安らかに眠るように死ねると信じておられるから。

そうはいかないんですよ。

日本はだいたい家族の意志が尊重されるから、

家族が治療して欲しいと言えば意に反していても

望まない治療を受けることになります。

ピンピンコロリという思想があります。

病気をせずに寝付くことなく、

突然コロリと死ぬのが良いとしている思想です。


私たちが望むのは、なくなる直前まで元気に活動する
ピンピンコロリ(PPK)の人生であり、
不幸にして長期の寝たきりになって亡くなる
ネンネンコロリ(NNK)ではないでしょう。

http://www.ikiiki-laboratory.com/ppk/


まじですか。

そりゃ、誰の手も煩わせたくないですよ。

だけど、自治体あげて押し付けられるんですか。

じゃあ、誰かの手を借りなければ生きていけない状態って、

批難されなければならないのですね。

保健医療福祉全否定の考え方ですね、これは。

だって、寝たきりでも生活に質をあげようとしているのが

保健医療福祉の世界、切り捨てるなんて考えはないですよ。

尊厳死とか安楽死とかありますが、それはまた極端な話です。

第一、死に方にいちいち意味付けしないでほしい。

言葉が一人歩きしている例の一つです。

勝手に介護を受けて生きていることを不幸にしちゃダメですよ。

他人が決めることではありませんし、

それで生きていけるならいいじゃないですか。

最近どんな死に方がいいか考える時、

突然死ではなくゆっくり死に支度しながら死んでいきたいなあと

考えています。

残った人の手を煩わせないように、

自分が死んだ後誰でもすぐに始末ができるように。


ブログしてます。覗いてくださいませ。

大きな幸福もなく、大きな災いもない。

http://blog.livedoor.jp/bastaya8-mividc/archives/2388527.html

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