コラム:汎アジア鉄道網と中国の日本侵略

 中国が一帯一路構想を大戦略として進めていることは、既に別のコラムでも述べました。今回のコラムでは、一帯一路を実現するにあたって、日本を完全に封じ込める策として中国が推し進めている汎アジア鉄道網について解説します。

1.インドシナ半島の重要性

 中国が現在推し進めている大戦略が一帯一路構想です。正式名称は「シルクロード経済ベルトと21世紀海洋シルクロード」といいます。これは中国からユーラシア大陸を横切ってヨーロッパに繋がる陸路、「シルクロード経済ベルト」こと一帯と、中国沿岸部から東南アジア、東アジア、アラビア半島、アフリカ東岸を結ぶ海路である「21世紀海上シルクロード」こと一路の二つの地域において、インフラ整備や貿易促進、資金の往来を促進する計画です。

 この大戦略は、核を成す国家としてアフリカ諸国やインド、中東各国など様々な国が名を連ねるものです。これを実現するためには中国自身も強大な国力を維持していなければなりません。

 従って中国は、1990年7月の時点で「少数民族地域経済発展第8次5ヶ年計画と10年計画」という政策会議を行い、南西部の雲南省をどのように発展させていくか、という検討を行っています。この雲南省は、最も中国の中で発展が遅れている地域の1つだから、というのが表向きの理由です。

 本来、地政学的には雲南省の発展には上海などの国家中心部と鉄道で連携させるのが最も望ましい結果を齎します。しかし、それには雲南省自体を上海から人間が戻ってくる程度には発展させねばならず、極めて時間がかかってしまいます。中国は中央集権型の独裁国家であり、そのような結果を出すのに数十年から数百年は掛かりかねない計画はまず通りません。

 そこで、中国南西部をそのままインドシナ半島と接続し、インドシナ半島を中国の南西の出入り口として発展させる案が生まれました。このルートは古代から中国の南西側の出口として使われていたルートで、十分に物資を行き来させるだけの能力があります。

 実際に、この地域には第二次世界大戦の前から大戦中にかけて、「援蒋ルート」と呼ばれる蒋介石をイギリスやアメリカが援助するためのルートが存在しました。このルートのおかげで日本は日中戦争で大苦戦し、またインドシナ半島を抑え込むためにより遠くに進軍することを強いられ、最終的にはアメリカと開戦するに至ります。

 つまり、インドシナ半島を中国に抑えられるということは、日本の国防上看過できない問題であるということです。インドシナ半島は一帯一路を実現しようともくろむ中国にとっても、インドシナ半島を抑えられると中国に物流で敗北する日本にとっても、極めて重要な地点となっています。

2.汎アジア鉄道網計画

 そもそも援蒋ルートは蒋介石を援助するために新造されたルートではありません。十分な物資を動かすために整備したのは大戦時ですが、もともと現地の少数民族や商人たちが行き来していた道でした。つまり、元から中国の物ではないということです。

 そして、インドシナ半島は中国の中心部から遠く離れており、そもそも中国の支配が及ぶような場所ではありません。しかし、中国はシャープパワー…つまり、経済の力でインドシナ半島という中国にとっての辺境を「中華経済圏に属するインドシナ経済圏」として作り変えようとしています

 これが汎アジア鉄道網(或いは昆明・シンガポール鉄道網)です。汎アジア鉄道網は、昆明からバンコクまでを繋ぐ三つのルートと、バンコクからシンガポールを繋ぐ一本のルートによって成り立ちます。昆明からバンコクを繋ぐルートは、

・ラオスを通ってバンコクまでの中央ルート
・ベトナムのハノイ、ホーチミンからカンボジアのプノンペンを通ってバンコクに至る東部ルート
・ミャンマーのマンダレー、ヤンゴンからバンコクに至る西部ルート

となります。

 この計画が成功すれば、経済的にまずインドシナ半島を中華経済圏に取り入れることができるでしょう。最終的には、中国は政治的にも軍事的にもインドシナ半島を支配しようと考えているのです。

 この三つのルートはすべて完成している訳ではありません。しかし、中国の経済力に既にラオスは屈しており、中国雲南省昆明からラオスの中国との国境都市ボーテンを通り、首都ヴィエンチャンを結ぶルートが殆ど完成しています。これはラオスが極めて貧しい国であり、インフラ整備がとても見込めないことに起因しています。このルートは2021年の12月から運行を開始する予定です。

 このように、経済力をベースにしたリムランド戦略を取っているのが今の中国であり、その最終目標は中国によるインドシナ半島の属国化なのです。

3.台湾の独立の重要性

 さて、ここからはアメリカと日本の話になります。現在、アメリカは露骨に台湾を優遇し始めています。勿論日本も同じように台湾を自由主義陣営に取り込むべく国交を強化しています。

 なぜ、今中国と敵対してまで台湾を抑える必要があるのか。これは台湾の地理的な特性に起因します。台湾は当然シーパワーであり、そして東シナ海と南シナ海を繋ぐ重要なポイントです

 特に台湾の地理的特性で重要なのは玉山の存在です。台湾のほぼ中央部に位置する、標高3,952mというこの山の頂上にレーダーを設置すれば、南シナ海全域の船舶を丸ごと観測できます。更にミサイルの発射台でも用意すれば、南シナ海は台湾に完全に掌握されてしまうでしょう。中国の一帯一路は完全に崩壊します。

 これが中国が台湾を全力で奪おうとしている理由、そして日本とアメリカが台湾を守ろうとしている理由です。日本がアメリカにとっての対中露を担う不沈空母であるなら、台湾は日本にとっての対中国を担う不沈空母なのです。

 このような理由から、台湾は日本にとって無くてはならない同盟国です。しかし、台湾自身が自らを守らないのであれば、日本から台湾に攻め込み支配するのは距離と軍事力の関係上難しいことです。台湾が自己防衛を行うためには三つの要素が必要となります。

 一つ目は不屈の忍耐力と愛国心を台湾が持ち続けることです。紛争中の国家においては当たり前のことですが、国家は物資の奪い合いを行う最大の単位であり「自らを救おうとしない国家は略奪され滅びる」のが当然だからです。この条件に関しては既にほぼ満たされています。蔡英文総統は中国と断固として戦い抜く姿勢を崩していません。

 二つ目は大国が補給基地として物資の供給を担い、更に同盟国として共に戦うことです。この条件は日本が満たすべき条件です。日本は地政学的に見て中国とも敵対しており、日本と台湾は共通の敵を相手にすることで十分手を組むことができます。

 三つ目は、台湾が中国に制空権を決して渡さない事です。これは台湾自身がミサイル防衛網を重層的に創り出すしかないでしょう。難しい仕事になりますが、何とかやりぬかねばなりません。また、これに関しても日本とアメリカの協力が必要になります。

 これに加えて、日本側からロシアに働きかけ、中国を陸海からはさむことで圧力をかけていく必要もあるでしょう。地政学においては地図を見た上で、物理的に優位な条件を作り出すのが全ての基本です。挟み撃ちはリソースの分割及び輸送路の複雑を招くため、地政学において最も推奨される戦略の一つなのです。

4.日本に対する「超限戦」

 それを踏まえた上で、中国は超限戦と呼ばれる侵略手段を用いてインドシナ半島及び台湾を奪おうとしています

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