コラム:アメリカの騒乱と自由と平等の対立

 現在アメリカは国内分裂の岐路に立たされている、と言っても良いでしょう。BLM運動の盛り上がりは加熱を続けており、良いチェンジも悪いチェンジも起こりうる状況です。この戦いは本質的にアメリカ人が抱えている『自由』と『生命』、特に『生命』のための戦いであると言えます。

 今回のコラムでは、アメリカという国家を地政学的に評価し、そして争乱の原因までを考察します。

1.ローマの後継、アメリカ

 現在のアメリカという国家が世界最大の国家であることは疑いの余地がありません。しかし、その性質は極めて難解なものです。引きこもろうとしてみたり、世界の警察官を気取ってみたりと、国家レベルの戦略を見ればイマイチ一貫性に欠けるところがあります。加えて、かつてイギリスの植民地であったにもかかわらず、イギリスとはかなり性質が異なる国家として成立しています。

 結論から言えば、この奇妙な現象の原因はアメリカという国家が「大陸一つを支配する極めて特殊なシーパワー」と定義されることによります。では、何故特殊なのか。それは「北アメリカ大陸を横断する程の移動力を人間は本来持たない」にも拘らず、「アメリカ大陸一つを一国家として纏めることに成功している」点にあります。これは、アメリカという国家の内部がランドパワーとして見ても十分に発展していることと同義であり、つまりアメリカは「世界最大のシーパワーであり、世界最大のランドパワーでもある」のです。この意味で、アメリカはローマ帝国の正統な後継者であると言えます。

 勿論、アメリカはシーパワーであるためコアランドとペリランドで構成されています。しかも巨大な北アメリカ大陸の大半がコアランドなのです。本来ならば四分五裂していてもおかしくありません。このような形で国家を構築できているのには、当然いくつかのカラクリがあります。

 アメリカの奇妙な性格は、「新世界」と「モンロー主義」という言葉を持って説明することができます。

2.新世界とはなにか

 上記の「新世界」というのは、簡単に言うならば南北アメリカ大陸を指します。しかし、アメリカにおける「新世界」という単語にはもう一つの意味があります。それが、「人間には『生命と自由と幸福追求』の権利がある」という極めて重要なコンセプトです。アメリカの地政学というのは上記のコンセプトによって完全に拘束されており、それ故にこそ、アメリカは国民の感情を一つにまとめ上げ、そして一つの国家として成り立っていられるのです。合衆国であることはその結果にすぎません。

 アメリカ人というのはヨーロッパという「旧世界」から南北アメリカ大陸という「新世界」を作るためにやってきた人間たちなのです。そして「新世界」は「旧世界」とは全く異なる理想郷であり、より人間にとって素晴らしい世界でなければならないものです。そして、その素晴らしさを示しているのが、上記の『生命と自由と幸福追求』という三つの権利なのです。この三つの権利はアメリカ独立宣言にもうたわれており、アメリカ人にとって極めて重要な、いわば精神の核にあたるものです。

 更に分解して説明しましょう。『生命』とは、即ちイギリスその他の国家からの生存権に当たります。『自由』とは、やはり国家の束縛をむやみに受けないことを示します。そして『幸福追求』とは、他人の『自由』や『生命』を傷つけない範囲での私有財産権を認めるということです。

 実は、アメリカにおける保守や革新といった概念もこの影響を極めて強く受けています。アメリカの保守は「アメリカ社会は世界一のシステムを持っている。それ故にこのシステムを守ってゆけば幸せになれる」と考えており、アメリカの革新は「アメリカ社会は世界一のシステムで優れた理念を持っているが、その理念はシステム上完全に実現されていない」と考えています。つまり、どちらにしても「アメリカ社会は世界一のシステムである」という信念が一切揺るがないのです。

 この意味で、アメリカ人は独立独歩の性格を持っていますが、実は理念的には全てのアメリカ人は極めて保守的であると言えます。本質的に、アメリカには『自由』はあっても『平等』はないのです。上記のとおり、『平等』と『幸福追求』は本来対立する概念だからです。例え左翼であろうとも、アメリカ人であるならば、幸福とは自ら掴み取るものなのです。この保守的な性質と、独立精神が組み合わさって生まれたのが「モンロー主義」です。

3.モンロー主義とアメリカの侵略

 19世紀のアメリカの基本戦略は「モンロー主義」と呼ばれています。一般的にアメリカの左翼はモンロー主義に従って引きこもろうとするため、自国第一主義、とか鎖国主義、のように思われがちですが、正確には全く異なります。確かにモンロー主義ではヨーロッパからの独立をうたっていますが、同時に中南米への膨張をも目指しています。

 なぜか。アメリカにとって中南米は「アメリカ大陸という理想郷の裏庭」であり、何れ素晴らしきアメリカに従うべき地域だからです。

 つまり、モンロー主義とは「南北アメリカ大陸という理想郷、ひいては全世界は全てアメリカの理念に従うべきで、更にそこに住む全ての人間は『生命と自由と幸福追求』の権利を持つべきである」という夢を大真面目に実行しようという戦略なのです。どう見てもこれは孤立主義と帝国主義の悪魔合体であり、鎖国主義でもなんでもありません。

 だからこそ、アメリカは西に向かって突き進み、ハワイやフィリピンなどを奪い取ったのです。これは世界の覇権を勝ち取りモンロー主義を実現するための第一歩だったのです。しかし、ここにアメリカの大きな計算ミスがありました。

4.太平洋と日本とアメリカ

 アメリカ最大の誤算。それは、太平洋が広すぎたという一点に尽きます。いくら世界の覇権を取りたくても、東に行くなら大西洋を超えなければならず、西に行くなら太平洋を渡らなければユーラシア大陸には辿りつけません。そして、いくらアメリカが強大で物資に満ち溢れている国家だとしても、物理的な制約条件である艦隊の侵攻可能距離だけは伸ばせなかったのです。

 従って、アメリカはユーラシア大陸に影響を齎すために、ユーラシア大陸の東の端である日本を自軍に引き込まざるを得なくなりました。これはモンロー主義を捨てない限り絶対の制約であり、アメリカが南北アメリカ大陸を我が物にして満足する…つまり、アメリカ独立宣言で誇った理念を投げ捨てない限りは永久に逃れられないのです。この意味で、アメリカと日本は一蓮托生の関係にあると言えるでしょう。

 そして日本と手を組んでしまった故に、アメリカは大きく戦略を見誤ることになりました。

 本来、モンロー主義というのは非常に暴力的な戦略です。「アメリカ社会は全世界において最も優れている」という根拠のない確信がその核にあるからです。アメリカは大量の資源を持つ国家であり、実の所、覇権国家になるメリットも殆どありません。従って、アメリカは「絶対善にして最高の国家アメリカに従え、さもなくば消えろ、或いは我々が撤退しよう」というスタンスで他国と関わっていくことになります。どう考えても、こんなスタイルが上手く行く訳ないのですが、日本は「空気を読んで」アメリカに合わせられる限りは合わせてしまったのです。

 これが、アメリカのベトナム戦争での敗北を齎す遠因となりました。アメリカとヨーロッパの最も異なるポイントとして、アメリカは「正義」がなければ動けないという点があります。ヨーロッパは平然と敵の敵と手を組みますが、アメリカは「己の基準に照らし合わせて世界を悪くする相手」にしか戦いを挑みません。だからこそ、第二次世界大戦の枢軸は”悪の枢軸”であり、ファシズムは”絶対悪”なのです。これはファシズムが欠陥を抱える思想である、という点とは別の概念です。同時に、冷戦時代のソ連は”悪の共産主義国家”であることになります。こういった思想に対し、日本は理想的な成功体験を与えてしまったのです。

 しかし、ベトナム戦争で負けた所でアメリカはへこたれません。今度は911を皮切りとした「テロとの戦い」、そして今は「『生命』のための戦い」を繰り広げています。イギリスの「パワーバランス特化外交」とは全く異なるこのスタイルは、「悪に対する全面戦争外交」とでも呼ぶことができるでしょう。彼らはいつでも「愛と正義に生きている」のです。

5.『自由』と『平等』のコンフリクト

 さて、現在のアメリカに移りましょう。現在のアメリカは「『生命』のための戦い」に走っています。しかし、ここには今までの戦いとは異なる大きな罠が仕掛けられています。重要な要素となる、モルガンのイカサマに関する細かい内容に関しては下記のコラムも参照して下さい。

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