コラム:EUの地政学的混乱 番外編:ギリシャの日和見主義戦略

1.EUの誕生

 ヨーロッパはユーラシア大陸を巨大な島としてみた時、ヨーロッパ半島として扱われることが知られています。一般論として、半島は海側ではシーパワーとしての発展が期待できますが、大陸と接する付け根の部分に強力な陸軍を置かなければならないという欠点を抱えています。

 ヨーロッパ半島の付け根は東欧及びバルカン半島です。ここは決して落とすことができません。バルト三国、ベラルーシ、そしてウクライナのどこかが外敵に落とされるとヨーロッパそれ自体が危機に陥ります。事実、ローマ帝国の崩壊、モンゴル軍の襲来、オスマン帝国の猛攻、そして近代から現代に続くロシアの圧力、その全てはまず東欧、そしてバルカン半島を主戦場としています。

 さて、EUの基本的な需要は冷戦期に生まれたものです。アメリカとソ連という大国同士の戦いからヨーロッパ半島は逃れられませんでしたので、「この二つの大国に対抗可能な第三の経済圏をヨーロッパに生み出す」ことにはメリットがありました。

 そうして作られたEUは、「ヒト・モノ・カネが自由に動く共同体」としての性格を持っています。共通通貨ユーロを持ち、外交や安全保障を共同で行い、そして東欧諸国をソ連崩壊に乗じて組み込んだことで、EUは巨大な経済圏に成長しました。

2.EU内でのギリシャの立ち位置

 EUはその成り立ち上様々な国家を抱えています。その中でも問題児と悪名高い国家の一つはギリシャでしょう。

 ギリシャが起こしてしまった最大の問題は、2009年以降のユーロ危機の発端となった財政赤字の粉飾です。当初、ギリシャの財政赤字は「対GDP比で4%程度」とされていましたが、2009年10月に誕生したパパンドレウ政権が「実は対GDP比で12%以上」であった、と発表したのです。債務残高も国内総生産の113%に跳ね上がっていました。

 つまり、ギリシャは既に経済破たん寸前の国家でありながら、国ぐるみの粉飾決済で経済を維持している、というトンデモ国家運営を行っていたのです。この結果として国債が格下げされるなど、ギリシャ経済は危機に陥ります。この国家規模の粉飾にはゴールドマン・サックスとの不適切なデリバティブ取引が関係していたと言われていますが、今回重要なのはそこではありません。

 ギリシャは重要な産業を一切持たない小国、国家予算はドイツやフランスより一桁下まわる程度の国であり、この危機を自力で乗り越えるのは不可能であるという点こそが重要なのです。つまり、ギリシャはEUの中では大したことの無い国であり、本来はEUからしてみても切り捨てて問題ない規模の国家のはずなのです。

 しかし、現実はそうではありませんでした。

3.ギリシャの赤字とEUの経済危機

 EUはユーロという共通通貨で拘束されています。つまり、EU加盟国の赤字は誰かが肩代わりしなければEU全体が経済破たんしてしまいます。例えば、ギリシャの赤字の肩代わりをしたのはECB(欧州中央銀行)やドイツ、フランス、アメリカなどの銀行で、これらの金融機関がギリシャの国債を買うことで支援しています。

 そして、EUにも豊かな国やそうでない国はあるため、ポルトガルやアイルランド、スペインやイタリアといった他の国もある程度の財政赤字はありました(ギリシャと纏めて「PIIGS諸国」とよびます)。これらの国家も、同様にEUの裕福な国家が支えています。重要なのは全て「国債の売り買い」で支えられているということです。

 つまり、ギリシャの財政危機の問題は「どこかの国がデフォルト(国家の債務不履行で、国債が暴落する)を起こせば、貸し手の巨大銀行が立て続けに倒産、それはPIIGS諸国に連鎖し、他のEU全体とアメリカを巻き込む超巨大な金融危機になる」という点にあるのです。

 EUを守るために、ギリシャは絶対にデフォルトできないのです。そのため、ECBやIMFはギリシャの赤字穴埋めとして莫大な支援を行いました。2010年以降には合計で2400億ユーロもの支援が行われています。

 これが気に食わないのはドイツです。ドイツはECBの最大の出資国であり、当時のドイツ首相であったメルケル首相は支援の条件として公務員の削減・年金給付額の引き下げ・最低賃金の切り下げ・税金や社会保障費の増額などの厳しい「緊縮財政」をギリシャに要求しました

 しかし、ギリシャはこれに反発することになります。

4.怠惰な国民、ギリシャ人

 そもそも、このような状況に陥ったのはギリシャ人の国民性が大きく影響しています。

 元々、財政赤字を抱えるギリシャの通貨ドラクマは国際的信用が低く、石油などを輸入するにはユーロのほうが有利でした。しかしユーロ導入には、「財政赤字がGDPの3%以内」という基準がありました。アテネ五輪を前にユーロ導入を急いだギリシャ政府は、なんと国ぐるみの粉飾決算によって基準を満たし、ユーロ導入を果たしていたのです。

 つまり、ギリシャはユーロに加盟した結果として財政赤字に陥ったのではなく、そもそもイカサマを働いてユーロに加盟していたのです。パパンドレウ政権への政権交代によってこの事実が明るみになったことで、ドイツやフランスなどのECB出資国の国民は激怒しました。上記の厳しい緊縮財政は、この凄まじい事実に対する制裁の面もあったと言えます。

 にもかかわらず、ギリシャには様々な問題が残っています。軽く挙げるだけでも、

・課税関連法規が無駄に多く、合法的な脱税がやり放題
・自営業者達の所得税の申告はいい加減であり、申告した額を払わないことも多々ある
・以上の理由から「脱税しない理由がない」が為の汚職の蔓延と、それに起因する政治的な腐敗
・公務員が約4人に1人であり、彼らは税金及び国債で給料を得ているので脱税の度に更に負債が積み重なる
・年金が経済規模に対して高額であり、彼らの年金を維持するために現役世代からは膨大な保険料が必要となる
・経済的に苦しくても、ギリギリまで歌や酒など人生の楽しみを優先する国民性

などの理由から、ギリシャは非常に経済再建が難しい国家です。ギリシャは観光業が盛んな国家ですが、これはそれ以外の産業でまともに働く国民が居ないということでもあります。

 その上、EUの理念上「辛くなったらギリシャ人はEUの他の国家に逃げていい」のです。ここから経済再建を目指せば、ギリシャ人の若者は少子化を超えるスピードで減少してしまいます。そして、その影響は即座に年金制度および多すぎる公務員の人件費に跳ね返ることになります。

 事実、債権団に課された緊縮財政によりギリシャの景気は後退し、2015年位から本格的な不況に陥りました。まともな職業に就ける人間は少なく、自ら働く気がない若者達は国外に流出、現在は多くの高齢者が苦しい生活を送っています。

 ギリシャ政府は、生活必需品への増税や年金削減といった緊縮策には断固反対の姿勢を示していますが、賃金と年金以外の政府支出は既に限界を迎え、多くの若者が失業しています。そして、財政赤字の元凶たる年金は失業したギリシャ人の若者、つまり子供や孫家族を支える重要な資金ともなっており、もはや減らすことは出来なくなってしまっています

 追い詰められたら逃げる上に働く気が全くないという国民性の問題と、制裁じみた緊縮財政による大不況により、ギリシャの経済は限界まで追い詰められたと言えます。しかし元は粉飾経済のせいですので、いわば自業自得とも言えます。

5.ギリシャとEUの駆け引き

 さて、そんな中で2015年にギリシャに成立した急進左派連合政権は明確に「反緊縮」を掲げています。当時の首相アレクシス・チプラスは「緊縮財政の放棄と巨額債務の削減を求めてEUと交渉していく」と宣言しました。そしてその手札として、ギリシャはユーロ及びEUからの離脱を利用しようとしています

 はっきり言ってしまえば、ギリシャ人はもうユーロ及びEUに未練などありません。宗教的にもギリシャ正教とカトリック教会、プロテスタント教会では全く違います。むしろギリシャは宗教という意味ではロシアに近いのです。つまり、ギリシャはロシアに近づき、EU離脱をちらつかせることでEUを強請るという戦略を取り始めたのです。

 これはEUから制裁を受けているロシアにもメリットがある戦略です。なにせ、ギリシャをEUから離脱させれば、EUはロシアへの制裁どころではなくなるからです。

 しかし、これで困るのはEU側です。

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