思考の遊び:オーダー理論と情報戦の重要性の変動

 オーダー理論とは、「一人の人間が考慮することのできる限界人数は高々数百人である」という公理に基づく社会構造の理論です。この公理自体は反証の無い仮定ですが、一般的な情報戦の基本戦略はこの理論を前提に組み立てられている事が多いため、社会構造に合わせた情報戦の形態と共に今回のコラムで紹介します。

 なお、この公理は「普通の家庭や集落、人生において所属する様々な集団において一人の個人が数百人以上の人間を考慮する必要があることは稀である。また、要素数が増えると爆発的に計算量が増える物資の生産・分配問題を、有限の思考力しかない脳が解く場合、必要最小限の能力だけ用意するのが最高効率である。従って、数百人以上の人間を考慮する能力は、進化の過程でそぎ落とされているはずである」という仮定から成り立ちます。

1.オーダー理論:0段目

 数人から数十人の、被支配者及び一般人だけの集団です。集団そのものに特筆すべき点はなく、身分の差もないですが、全員が「高々数百人の人間を考慮することができる」という点は重要です。ここでいう「考慮する」とは、相手のことを尊重した判断が可能であるということです。

 あらゆる個人は「相手が自分を考慮してくれることを期待する」とオーダー理論では仮定します。このことから、どのような集団であっても協力しない集団メンバーは排除の論理が働きます。

 0段目は考慮すべき人間に余力があることが多く、自らの直接の支配者を全て認識可能です。故に、この集団に外部から情報戦を仕掛けるのはあまり意味がありません。メンバーが協力しないかどうかは誰もが分かる行動で示されるからです。スパイを送り込み、内紛で崩壊して貰うことに期待しましょう。

2.オーダー理論:1段目

 小さな会社の社長や大企業の部長、新興宗教の教祖などが支配する、数百人の集団です。これも0段目と大きく変わることはありません。役割の差から生じる身分の差は存在しますが、差別などとはあまり縁がない集団です。

 しかし、「協力しない集団メンバーを排除する」働きが一番強い集団がこの数百人の集団です。役割の差による区別は合理的であるがために強力に集団を支配します。一つの目的に向かう限り、この規模の集団は最も頑強な集団であると言えます。

 この集団に対する情報戦のやり方は0段目と同様ですが、流言飛語も有効です。身分の差の合理性を崩されることには弱いので、あることないこと吹き込みましょう。

3.オーダー理論:2段目

 大会社の社長や小さな町の町長、小規模な領主などが属する数万人の集団です。この段階の2段目の支配者は「1段目の支配者である数百人を支配する」という形で全体を統括します。支配者が支配者を支配する階層構造を扱うのがオーダー理論の特徴です。

 また、被支配者であると同時に支配者である1段目の支配者は「0段目の数百人+同格の1段目の数人+2段目の支配者」を考慮することになります。いわゆる中間管理職であり、2段目と0段目の仲を取り持つ役割を負います。

 0段目の被支配者は「0段目の数百人+直属の1段目の支配者1人+2段目の支配者」のことを考慮します。以後、支配者が増えるたびに0段目の被支配者は自身の直属の支配者を考慮するようになります

 ここから情報戦の本領発揮が始まります。なぜならば、2段目の支配者は0段目の被支配者全ての事を能力的限界から考慮できないからです。しかし、0段目の被支配者は2段目の支配者のことを考慮できるため、ここに考慮能力の非対称が生じます。

 被支配者が支配者に反感を持ち始めるのもここからです。2段目がどんなに正しい判断をしても、0段目全ての事を考えた判断など不可能です。0段目が集団維持の為に何らかの行動を取らなければ集団を維持できないので、2段目の支配者は何らかの法律や社規、カリスマや洗脳などで0段目を統制することになります。

 この規模の集団への情報戦は流言飛語などを用いてここに付け込みます。2段目の支配者が担保している1段目の支配者の横連携を切ってしまえば、0段目を反乱させて2段目を落とすことが可能になります。

 賢明な2段目の支配者は情報戦を避けるため、目安箱や軍師の様なものを設置して0段目から重要な情報を吸い上げるかも知れません。このような支配者が2段目に存在するならば集団は極めて安定します。2段目規模の集団は、支配者の質が重要になる…つまり、偉大な王が要求されるのです。

4.オーダー理論:3段目

 小さな国家や大宗教のリーダーが当てはまる数百万人の集団です。このクラスのコミュニティになると支配する領域も広く、更に情報戦を挑む価値が跳ね上がります。このようなコミュニティは2段目の支配者の上に3段目の支配者を置きます

 しかし、3段目の支配者は「2段目の数百人+1段目から目安箱による情報収集」という形でしか集団のメンバーを考慮できません。1段目の支配者ですら数万人は居るのですから、下の集団の規模は支配者の能力を遥かに超えています。しかし、0段目は3段目の支配者の事を考慮することができるため、考慮能力の非対称はますます広がります。

 このような集団は、ほぼ必ず集団の一部が3段目に反感を持ちます。3段目にできるのは2段目の力を借り集団全体を維持するマクロな判断であり、0段目を考慮したものではありえないからです。3段目は0段目を纏めるために、主に以下の二つの方法のどちらか、または両方を利用します。

 一つ目の方法は、人民の上に王を置く、或いは人民の下に奴隷を置く差別構造を作る方法です。0段目の人間が3段目に対して持つ不満を別のどこかに押し付ける、或いは3段目を生まれた時より権威あるものとして敬意を共有することで集団を安定させることができます。

 二つ目の方法は公正さや人権概念、民主主義を利用する方法です。3段目と0段目が平等な存在であると置き、3段目を0段目から選ぶことで0段目の反感を防ぐことができます。

 これらの方法は2段目止まりの集団よりはるかに重要です。2段目止まりの集団なら、0段目が結託したところで数人から数十人ですが、3段目が必要な規模で1段目の支配者が数人から数十人反逆した場合、数千人から数万人の集団が生まれる計算になります。これはギリギリ軍隊で鎮圧できますが、それでも無視できない数です。

 故に、3段目まで規模が拡大した集団の持続可能性を握るのは2段目の支配者です。2段目の支配者の考慮領域は「直属の1段目の数百人+同格の2段目の数人+3段目の支配者+0段目の目安箱」となります。つまり、唯一集団の全ての階層の人間に関わることができる立ち位置が2段目の支配者なのです。1段目の支配者は、もはや1段目の支配者同士で発生する格差を埋めることすらできません。

 オーダー理論においては「あらゆる個人は相手が自分のことを考慮してくれることを期待する」のですが、3段目の支配者が必要な集団において実務上それを実現可能なのは2段目の支配者だけなのです。

 従ってこのような集団への情報戦は、2段目の支配者を賄賂などで腐らせるような攻撃との組み合わせが重要になります。3段目の支配者が目安箱を設けた所で効果は高が知れています。2段目の支配者同士の連携を取るのが3段目の役目であり、本当の意味で社会の公正さを維持しているのは2段目の支配者だからです。

 仮に、2段目の支配者全てが公正かつ互いに連携を取っていれば、このような集団は大いに繁栄することが期待できます。その意味で「全ての人間に権利を認め、その権利の尊重を要求する」という人権概念は非常に意義深いものになります。十分合理的な法律があるならば、物資の分配もそれなりに上手く行くことが期待できます。

4.オーダー理論:4段目

 アメリカや日本などの大国家が所属する数億人規模の集団です。ここまで来るともはや情報戦対策は必須となります。また、集団の組み立て方にも差が出てきます。

 ここで、アメリカの大統領が0段目の間接選挙によって選ばれるのは象徴的です。4段目の支配者を0段目の代弁者とすることで、アメリカ合衆国全体の公正さを維持しようとする試みが見て取れるからです。

 一方で、4段目の中でも大規模な中国やインドなどは(中国の場合は実質の)階級制を用意して0段目の一部を被差別階級として分割、0段目の反撃を最初から封じるという形で国家を維持しています。

 日本も4段目に入る国家です。憲法で規定された君主を4段目に置き、実際は3段目である国会議員の合議制と、役割に特化した2段目である官僚制の両輪で国家を運営しています。中国やインドほど苛烈な差別はないが、アメリカの様な王を人民に置くような国でもないマイルドさが日本の特徴です。

 また、EUは各国家は3段目止まりですが、すべて合わせると4段目に属するような特異な集団です。国家間をまとめる国家とは別の政府が、EUを支えています。

 この規模の集団で重要なことは、

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