コラム:社会の進歩と革命無き世界の二極化

 現在の人間社会は史上もっとも豊かな状態にあると言えます。しかし、それでも貧困の問題は解決しません。この問題は様々なアプローチによって研究されていますが、まだ上手くいっていないのが現状です。

 何故こんなにも貧困であり続けるのか? 物資の再分配を行えば解決するのか? 最近、その問題に挑んだのがトマ・ピケティです。彼の研究結果は非常に地政学的に興味深いため、紹介しつつ地政学的な視点からの考察を述べましょう。

1.経済学と地政学

 地政学と経済学において、最も異なるのは資本に対する姿勢であると言えます。地政学は「物資の生産と分配を扱いたい」がために経済学の要素を一部利用しますが、経済学はもう一歩先に踏み込み、物資の生産と分配の源泉となる「資本」を扱う学問です。

 しかし、この二つの学問は互いに関係し合っています。地政学は物流路を深く考察して、それによって経済がどう発展するかを予測しますし、経済学は資本の流れを深く考察することで、物資の分配や所得の配分、物流路の発展を予測するからです。

 そして、この二つの学問には重要な共通点があります。それは、数学的に複雑すぎて扱えない問題を解く必要があるという点です。これは、ビンパッキング問題などの単純化された物資分配問題が、その状態でなお計算量理論におけるNP困難に属するという所からも明らかです。物資の問題は、神ならぬ人間が扱うには複雑すぎるのです。AIですら、計算量に基づく困難性を抱える物資分配問題や生産問題は解くことができないのです。

 現実世界の物資に関する問題は、近似式を使わない限りは九分九厘数学的には解けない。ここに地政学や経済学の極めて難しい部分……言い換えるなら、新しい研究の余地があります。

2.ピケティの資本論

 さて、ピケティの資本論の解説に移りましょう。まず、資本や国民所得などについて用語を定義する必要があります。全ての話は国家などの集団についての話になりますので、分業の前提は常に成立しているものとします。

 国民所得とは、ある国(集団でもいいです)で住民たちに提供されているその年全ての所得の総和です。この概念は、GDPからその生産を可能にした資本の減価償却分を差し引き、そして外国からの収支を計上することで求めることができます。つまり、生産に必要な資本が失われていると富そのものが失われてしまうということと、外国に持つ資本がどの程度国家に貢献するかを考慮しています。

 国民所得=国内産出+外国からの純支出

ここで

 世界総所得=世界総産出

です。なお、GDPからその生産を可能にした資本の減価償却分を差し引いた数値を国内産出と呼びます。また、国民所得は以下のように分解できます。

 国民所得=資本所得+労働所得

 ここでいう「資本」とは、個人が所有して交換できる各種の財産を指します。個人のスキルは(奴隷のように個人ごと交換できる特例を除いて)交換不可能なので「資本」ではありません。つまり資本とは富、財産とも言えるもの全般を指すのです。

 地政学的には作物や石油、工具に建物など生存に必要となる物質的な資本こと「物資」と、債権や特許、株、サービス券、コンテンツなどの非物質的な資本は異なる性質を持っています。とはいえ、経済学においてはそのような分割はしません。経済学と地政学では本質的に富に対して異なるアプローチを取っているからです。この単純化により、資本/所得比率という概念が導かれます。これはある国の資本ストックを年間の所得フローで割ったもので、βで表されます。ただし、この数値は国内格差を一切説明しません。

 そして、資本/所得比率βを利用した資本主値の第一基本法則として以下の式が得られます。

 α=r×β

 αとは国民所得の中で資本からの所得の占める割合を指します。βは資本/所得比率、そしてrは資本収益率です。資本収益率は多くの経済理論において使われる極めて重要な概念です。

 また、数十年単位で見た場合、資本/所得比率βと資本の貯蓄率sおよび経済の成長率gの間には資本主義の第二基本法則と呼ばれる以下の関係があります。

 β=s/g

 これは、たくさん蓄えてゆっくり成長する国は長期的に見て所得に比べて遥かに大きな資本ストックを得る、ということを示しています。ここでいう成長率gは一人当たり成長率と人口増加率の和であるため、一人当たり成長率が等しくとも、人口が増加するかどうかによって全く異なる資本/所得比率を持つことがあります。

 第一基本法則と第二基本法則にはいくつかの差があります。第一に、会計上の恒等式である第一基本法則は何時でも何処でも成り立つのですが、第二基本法則の方は動的プロセスの結果であるため、傾向はあっても完全に成り立つことはありません。

 第二に、第二基本法則は天然資源を無視した場合のみ成立します。国民資本が発展や投資に関わらない天然資源由来である場合、βは貯蓄率に関係なく高くなります。

 第三に、資産価格が消費者物価と同じように推移しなければこの法則は有効になりません。不動産や株の価格がほかの物価より急速に上昇すると、βは新たな貯蓄が加わらなくても非常に高くなります。つまり、短期的に見ればβ≫s/gということもあり得るということです。ただし、価格変動が長期的に見て鳴らされる場合は、第二基本法則は必ず成り立ちます。

 つまり、第二基本法則は世界大戦や大恐慌、バブルなどの短期的ショックを説明できない代わりに、資本/所得比率βが時間tに対する極限を取った場合に向かう、潜在的な均衡水準を教えてくれるのです。

 そしてピケティの理論の核心は、過去二百年のデータから見て、資本収益率rが成長率gよりも常に大きく、この事から経済的不平等が増していく基本的な力はr>gという不等式に纏めることができる、ということにあります。

 このことをピケティは大量のデータを用いて検証しました。彼は、19世紀後半から20世紀初頭にかけてのベル・エポックの時代の華やかで安定しているが絶大な格差の時代から、2度の世界大戦や世界恐慌の影響による上流階級の資本喪失、そして第二次世界大戦後の高度成長の時代による相続される財産の重要性の減少という特殊環境による格差拡大の停止などを解析しています。

 このことは、資本によって得られる資本の方が、労働によって得られる資本よりも速く蓄積されやすいため、資本金額で見たときに上位10%、1%といった位置にいる人のほうがより裕福になりやすく、そしてその蓄積資本は子に相続されることによって更に格差を広げる、という結論をもたらします。

 更に、ピケティは以下のような指摘をしています。

・今日の世界は富裕層や大企業に対する減税などの政策によって、経済の大部分を相続による富が握っている「世襲制資本主義」に回帰しているため、いずれ中産階級は消滅し、富裕層の力は増大して寡頭制を生み出す。

・今後も成長率が低い世界が続くと予測されるため、資本収益率rは成長率gを上回ることはなく、何もしなければ永遠に富の不均衡が維持されるだろう(科学技術の急速発展による20世紀並みの経済成長率は期待できないし、すべきでもない)。

・不均衡を和らげるためには、最高税率年2%の累進課税による財産税を導入し、最高80%の累進所得税と組み合わせればよい。この税に関しては、タックスヘイブンの様な抜け道を許さないために、国家間の国際条約を締結する必要がある(ただし、このような世界的な課税の実現は極めて難しい)。

これがピケティの理論の簡単なまとめになります。ピケティは資本主義のもたらす富の不均衡を、再分配を取り入れて解決するよう求めています。

3.地政学的なピケティの理論の分析

 地政学的に見てピケティの理論はとても受け入れやすい理論であると言えます。その理由は、正にピケティは「モルガンのイカサマ」のメリットとデメリットを経済学の視点から解析しているからです。このような意味で、地政学の予測とピケティの予測は概ね同じ方向性を向いていると言えます。

(「モルガンのイカサマ」については以下のnoteでも説明しています。端的に言えば、「モルガンのイカサマ」とは物資を強引に大量生産する為の手法です)


 上記の理論を用いて説明するならば、モルガンのイカサマとは正にrを大きくする…資本収益率を無理やり跳ね上げる事によって、労働所得が増えずとも国民所得を増加させ、この増加した国民所得から物資を生産することで、人類を強制的に豊かにするという代物だからです。

 上記の理論を見ればわかるように、資本所得の増加は富の不均衡を招きます。そして、モルガンのイカサマ自体も元々は資本所得…即ち富の不均衡なくば成立しません。

 ここで根本的な疑問が生じます。なぜこのような不均衡が発生するにもかかわらず、「モルガンのイカサマ」が必要になるのでしょうか?

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