コラム:アフリカの角と一帯一路

 新型コロナのパンデミックにおいて最も株を下げた人物を一人挙げるとするなら、WHOのテドロス事務局長は上から数えて五番目くらいには入るのではないでしょうか。

 エチオピアにおいて、彼はまさに英雄的な活躍をした人物です。医師の労働環境改善、予防接種率増加、それら全てを支える人的資源の増加。彼のお陰で救われたエチオピア人は膨大な数に上ります。子どもの死亡率を2005年から2011年の間に30%も削減させ、エイズの新規感染者を劇的に減少させる、等の結果を出しています。

 しかし、そんな彼はなぜ中国に忖度したのでしょうか。少なくとも今回の新型コロナは中国発祥なのが明らかであり、WHOとしては中国との国交を一時的に断つなどの適切な処置を早期から実現すべきでした。医師として、政治家として積み上げたキャリアに傷を付けてまで、なぜ中国を守るのか。そこには、エチオピアに対する中国の国家戦略の影響があります。

1.一帯一路構想

 中国が現在推し進めている大戦略がこの一帯一路構想です。正式名称は「シルクロード経済ベルトと21世紀海洋シルクロード」といいます。これは中国からユーラシア大陸を横切ってヨーロッパに繋がる陸路、「シルクロード経済ベルト」こと一帯と、中国沿岸部から東南アジア、東アジア、アラビア半島、アフリカ東岸を結ぶ海路である「21世紀海上シルクロード」こと一路の二つの地域において、インフラ整備や貿易促進、資金の往来を促進する計画です。

 当然ながら、ユーラシア大陸を横断する輸送路を二つ整備するというこの計画はインフラ投資計画としては史上最大規模です。更に沿線国すべてに支持を呼びかけるには強大な政治力、経済力が必要になります。中国が巨大な国家として成長したからこそ実行可能な目算が付いた計画であると言えるでしょう。

 実は、この一帯一路の核を成す国家の一つがエチオピアです。エチオピアは「アフリカの角」と呼ばれる地域においてソマリアなどと覇を競う間柄にあり、そして現在のエチオピアは一億人もの人口を抱え、(消去法ではありますが)「アフリカの角」の覇権国として君臨しています。

2.「アフリカの角」

 「アフリカの角」とは主に紅海に接するアフリカ東北部の事を言います。この地域は地中海からスエズ運河を超え、そして紅海を抜けてインド洋に抜けるという、地中海から日本に向かう物資輸送路における最短ルートをサウジアラビアと同じく支配する地域です。

 さて、「アフリカの角」の最大の特徴…欠点ともいいますが、これはその解決の道筋が全く見えない紛争が多発している地域だということです。1998年にエチオピアとエリトリアの国境紛争、崩壊国家ソマリアからのソマリランドの半独立、基本的に内戦中の南スーダン。しかもどの国家も致命的なまでに内政能力に欠けており、国家レベルで統制が取れている国家は殆どありません。国家の最重要な能力は物資の製造と流通を維持することですが、そんな能力を持った国家を維持する力は「アフリカの角」では誰一人持っていないのです。

 故に、「アフリカの角」において最も容易く豊かになる方法は、暴力を我が物にすることです。暴力さえあれば、まず鉱物資源を抑えて掘り出すことができます。第二に、強力な安全保障によって他者からの援助を安全に受け取ることができます。第三に、政治的な組織を構築することができます。そして、これらすべてに失敗しても、犯罪者…海賊や武器取引、人身売買によって生き延びる未来が開けるのです。そしてこの誰もが暴力を持つ構造であるが故に、「アフリカの角」において国家を作るのは陸軍の維持と人材育成という二つの意味で極めて高い初期投資と維持費が必要となり、そのために国家が不安定化して、更なる暴力を個人が持とうとするという悪循環が発生します。

 即ち、「アフリカの角」というのは暴力が暴力を安定して再生産してしまっている筋金入りの内乱地域であると言えるでしょう。

3.テロとの戦いと「アフリカの角」

 この筋金入りの内乱地域で、2001年以降の「テロとの戦い」において、国際社会において最も優れた役割を果たしていたのがエチオピアです。エチオピアの最大の役割は、テロ組織と海賊の温床、崩壊国家ソマリアを抑え込むことにありました。日本においてもソマリア沖海賊問題はニュースになっていましたが、彼らの根城は概ねソマリアにあることが知られていました。

 日本にとって、ソマリア沖海賊問題がなぜ重要なのか。それは主に、地中海とインド洋を往来する商船の物流が殺されることによる国家全体に対する大ダメージにあります。故に日本はソマリア沖に自衛隊を派遣したのです。しかしながら、日本の自衛隊だけでは補給が続きません。ソマリア沖海賊と戦い抜くためには周辺国家との連携が極めて重要な役割を持っていました。その中で、最も重要な働きを見せた国家がエチオピアです。

 何と言ってもエチオピアはソマリアの隣にある国家です。自国の隣で北斗の拳に出てくるような世紀末世界の住人が大暴れしているのだから必死でした。崩壊国家ソマリアにおいて、ソマリランドやプントランドに安定が取り戻された背景には、強力な陸軍で戦い抜いたエチオピアの尽力がありました。こうして、国際社会はエチオピアへの支援の必要性と地政学的な価値を理解しました。そして紅海からエチオピアへのプラットフォームであるジブチに軍事基地を置き、ジブチとエチオピアに大小問わずの援助を始めたのです。特にこのルートで強力な支援を行ったのはアメリカ、そして中国でした。

 それは同時に、エチオピアと敵対するエリトリアの国際社会からの孤立と中国への接近を意味していました。エリトリアはエチオピアにとって地政学的に見て重要な地域です。ジブチと同じように紅海への出口としての役割を持っており、加えてかつてはエチオピアの一部として強力な仲間でもありました。そして今は「アフリカの北朝鮮」との異名を取る中国の実質的な属国であり、エチオピアにとって最悪の敵、そして2018年に国交を回復した最良の味方でもあります。

4.「アフリカの角」と一帯一路

 さて、中国とエチオピアの関係は上述したエリトリアとジブチなくしては語れません。

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