[Bookmark] 勝ち抜きたければ「迷わない人」と組んではいけない。

2013年3月11日(月)  押井 守 、 野田 真外
今回もよろしくお願いします。
押井:今回は野球、メジャーリーグを題材にした映画「マネーボール」にしようか。

「マネーボール」
原作は『ライアーズ・ポーカー』『世紀の空売り』のマイケル・ルイスが書いたノンフィクション。作品の舞台となっている球団、「オークランド・アスレチックス」は、弱小チームで予算が少ないのによく勝っている。その裏にいた男とは…というお話です。
押井:プロスポーツを舞台に、スポーツクラブのマネージメント映画を作るというのはアメリカではひとつのジャンルになってるんです。日本にはなぜかほとんどないんだけど。常々いつか自分でも撮りたいと思ってるんだけどさ。
押井さんが撮りたいのはどういう内容の企画なんですか?
押井: 熱海グランスパってJFLで低迷しているサッカーチームがJリーグに昇格するという話。だいたい構想もできてるんだけど、たぶん誰も撮らせてくれないかな (笑)。それこそ日経ビジネスオンラインはこんなに読まれているし、いろんなビジネス本が売れてるし、企業小説も流行ったじゃん。なんでこの国ではプロス ポーツのマネージメントの世界は映画にならないんだろう。
高校野球ならありますよね。
押井:それだと熱血感動ドラマでしょ。全然逆のベクトルだよ。
「もしドラ(もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら)」とかやってたじゃないですか。前田敦子が主演してた。
押井:萌えなんかいらないんだよ。それこそこの「マネーボール」なんて主人公の中学生ぐらいの娘が出てくるだけで、女っ気ほぼゼロだからね。
徹底してますね。
押井:そういう意味じゃアメリカ映画の中でも珍しい。「ポリシーだけを問うている」映画で、人間側のドラマはそんなにないんです。いわゆる家庭の事情とかがうっすら背景にあるくらいで。
 主演のブラッド・ピットが自らプロデュースに加わってるくらいだから、彼自身が原作を気に入ったんだろうね。たぶん監督もブラッド・ピットが探してきたんじゃないかな。日本ではあまり知られてない監督(ベネット・ミラー)だけど演出もよかったよ。
経験値と直感 VS データと統計

押井: ストーリーは、貧乏チームのアスレチックスをブラッド・ピット演じるビリー・ビーンGM(ゼネラルマネージャー)が、方針を大転換してチームを改造する。 有名どころの選手は全部金持ち球団に持っていかれるんで、データを重視して、無名で安く、しかも使える選手を集めるんだけど、その過程でオーナーをはじめ 抵抗勢力とどう戦ったかという話なんです。
なるほど。
押井:その方針に一番抵抗したのが、アスレチックスのスカウトだったというのが面白いよね。ビリーは「選手選びの時にスカウトを信用しない」というところから出発してるんです。
スカウトといったら選手を見る目が売り物なのに、どうして信用しないんですか?
押井:ビリーは、まだ学生だった頃にスカウトに「君こそメッツのスターになる逸材だ」と持ち上げられて、大学の奨学金を蹴ってまでメジャーリーガーになったんだけど、パッとしないまま終わっちゃった。背景にはそうした理由があるの。
押井:彼は引退後、志望して自分自身もスカウトになったんです。スカウトからGMになるまでの経過は映画では省略してあるから、何があったかわからないんだけど、少なくともスカウトとしてそこそこ有能だったはずなんです。無能なスカウトだったらGMになる前に消えてるから。
そりゃそうですね。
押井:そういう経歴があるにも関わらず、彼はスカウトを一切信用しないことに決めて、イエール大で経済学を学んだオタクのデブ、ピーター(ジョナ・ヒル)と組むことにしたんです。
「俺の経験を甘く見るなよ」「…」

その人は何者で、どうやって出会ったんですか?
押井:ビリーがトレードの交渉に行った先の球団で働いてるのをたまたま見つけて引き抜いたんだよ。マネーボールの話の中心となる理論で、「セイバーメトリクス(※)」というのがあって、彼はその実践者なんです。理論自体は別の人が作ったんだけどね。
 データを山ほど集めて、野球界の常識とか、直感の類いはまるで無視。ビリーGMはそういう男を相棒にして、数字を頼りに無名だけど役に立ちそうな選手をかき集めて、スカウトを全部敵に回したわけ。
 そうやって険悪になったヘッドスカウトと会話をするシーンがあるんだけどさ。
ほうほう。
押井:「お前は個人的な恨みでスカウトを信用しないことに決めたんだろう。そんなことをやってると破滅するぞ。俺たちには経験値と直感という武器があるんだ。データや統計なんかでゲームに勝てるわけがない」って言われて、そのことに関してビリーは答えないんです。
 もしかしたら半分は当たりなのかもしれない、でも一方で自分がスカウトをやったという経験もあるわけだから。ここが本来の映画のキモなんだよ。映画はそこをあっさりスルーしてるんだけど(笑)。
※セイバーメトリクス
野 球を数理分析し、選手の評価や戦略を考える分析手法。野球史研究家・野球統計の専門家のビル・ジェームズによって1970年代に提唱された。バントや盗塁 の効力を否定するなど、その内容は野球の伝統的価値観を覆すものであり、今でも「野球はデータではなく人間がプレーするもの」という価値観の人々からは歓 迎されていない。

自分の経験しか信じるモノがない人々

押井:そのときにスカウトが言った「俺たちには経験値と直感があるんだ。データとか統計で試合に勝てるわけがない」っていうそのセリフを聞いて「あ、俺も同じことを言われたことがあるなー」って思ったんです(笑)。
どこで言われたんですか?
押井:もちろんアニメの現場で。要するに職人の言うことはどこでも一緒なんです。球団のスカウトだろうが映画のスタッフだろうがアニメーターだろうが編集者だろうが。
 あのスカウトたちも職人だから自分しか信じてない。しかもそれは経験値だから、言語化したり技術の体系にすることはできないわけです。もちろん経験値であるからこそ有効な側面もあるし、一方、無効な側面もある。
 一番無効な側面というのは、体系化できない、理論化できないということなんです。それだと最後はただの直感になっちゃうんだよ。この選手はモノになるかならないか、この作品は当たるか当たらないか。
職人にとって他人に説明できる根拠なんてつまるところないと。
押井:そうそう。映画のプロデューサーなんてその典型だよ。
押井: 「自分は何本も映画を手がけてきたんだ。その経験値があるんだから、当たる映画には何が必要なのかわかってる。この脚本のどこがダメかも指摘できる」って よく言われるけどさ、そういうセリフを口にするプロデューサーで本当に信頼するに値するプロデューサーと会ったことがないもん(笑)。
日本ではそういうプロデューサーが多いんですか?
押井:多いよ。アメリカは逆にマーケットリサーチを重視しすぎるんだよね。マーケットリサーチャーの言うことしか聞かないんだもん。僕も相当ひどい目に遭ったからさ。
いつの話ですか?

「アヴァロン」
押井: 「アヴァロン」をアメリカで配給しようという時に、スニークプレビューっていうのをやったんです。まったく無関係の若者に映画館の前で声をかけて、いきな り「アヴァロン」を見せてアンケートを取るわけ。それをやって中1日でデータが上がってくるんだよ。そしたら「難解である」「意味不明である」が過半数 だったわけだよね。
何の前知識もなくあの映画を見せられたんじゃ、仕方がないかと(苦笑)。
「編集するならご勝手に。ただし…」

押井:そしたらマーケットリサーチャーは「今のままでは売れない」って言うわけ。その発言にプロデューサーは誰も抵抗できないんだもん。
編集しろということですか?
押井:まあそうだね。徹底的に編集しろと。だけど徹底的に編集したら売れるのかと言われればマーケットリサーチャーは首をひねるわけ。
押井監督はご自分の作品に他人がはさみをいれてもOKなんですか?
押井:僕は好きにやればいいって言ったの。だけど編集する代わりにオリジナル版も同時に出せという条件を付けたんです。「その条件を飲むんだったら、どんな編集をしようがアンタらの勝手だ。好きにしろ」って。
 そこの社長は過去に宮(崎駿)さんと大ゲンカしてるの。ポパイみたいなオヤジでみんな恐れてて、気に障ることを言うヤツはすぐクビにする。
 宮さんはそのポパイ社長に対して「一コマと言えども手を入れたら契約しない」って言ったんだって。「ちょっと手を入れればあれは全米でヒットしたんだ」っていうポパイが言うんだけど、でも宮さんは編集させなかった。
うはは(笑)。
押井:僕は違うよ。「好きなだけ編集してもいいよ。なんだったら音響もやり直せば? 費用は全部そっち持ちなら何をやってもいいけど、監督のオリジナル版も必ず同時に出せ。それが嫌だったら絶対許可しない」って。
それで編集したんですか?
押井:いや、結局公開しなかった。あの作品は世界90何カ国かで公開したんだけど。いつかも言ったけどイスラエルから南アフリカまでやってるんだからさ。だけど北米だけは配給してないの。DVDを出しただけ。
クビを切るのも経営者の「仕事」

押井:要するにプロデューサー個人の経験値に頼るのも、マーケットリサーチを偏重するのも、僕に言わせればどちらも同じなんだよ。ビリーGMはそこで、スカウトの経験値を信用しないことに決めちゃうわけ。
球団オーナーとの関係はどうなんですか?
押井: オーナーをどう説得するかというのはあまり描かれていないの。ある選手をトレードで獲る時に「金(その選手の年棒)を出してくれないなら俺の金で雇うぞ。 その代わりそれで成績を残したら来季は倍の金額で売って、その差額を俺がもらっちゃうぞ」と脅しを入れるんだよ。そしたらオーナーは「わかった。金は出 す」っていうシーンがあるんだけど、そこでもオーナーは電話の向こうだし。
押井: あとはシーズン途中で容赦なく選手を入れ替える。選手を切るときも相棒の太ったオタクに「お前がやれ。選手の切り方を覚えろ」って実習させるんだよね。で もこれは簡単なんです。「お前は明日からあそこの球団に行け。これが向こうのGMの電話番号だ。お前が電話するのを待ってる」。以上、っていうさ。
  余計なことは言わない。実際にそれをやると選手は7、8秒は黙ってにらむんだよ。それから「わかった」と言って出て行く。それがプロの世界なんです。ジワ ジワ殺されたいか即死したいかどっちだ、と。プロスポーツというのは本来そういうもので、日本人みたいに相手の事情なんか聞いちゃいけないんだよ。
日本人は「察し」の文化ですからね。
押井:サッカーワールドカップ(フランス大会)で、日本代表がフランスに渡ってからカズ(三浦知良)と北澤(豪)を岡田監督が返したじゃん。あれの最大の問題はなにかと言ったら、現地に連れて行ったことだよね。なんで連れて行くんだと。
多くの人が同じことを思ったと思います。
押井:調子がよかったら使おうと思ったのか、日本では切りにくかったのか。たぶん日本で切ると言ったら大騒ぎになったろうけど。向こうだから切りやすかったという事情があるのかもしれないけど、そんなの関係ない。フットボールだろうが野球だろうがみんな同じだよ。
汝、迷わぬ職人を信用すべからず

押井:個人的に面白いなと思ったのは「職人の言うことを信用するな」ということなんだよ。この映画はその典型だけど、基本的に経験や直感を信じているような人間や、自分に絶対的な信念を持ってる人間とは組むなということなんだよ。
  劇中で主人公の娘が――歌が好きな子なんだけど――親父のために1曲歌うんだけど、それが「今迷っている」という歌なんだよね。「私ひとりじゃ無理だ。で もどうしていいかわからない。忘れて楽しく今日を過ごそう」みたいな歌を歌うわけ。ビリーが車の中で何度も何度も聞くんです。それが象徴してるんだけど、 誰でも悩むし迷うんだよ。相棒のオタクのピーターもある種迷ってるし。
 逆に言えば「迷いもしない人間の言うことを信用するな」ということなんです。ただしどこかでは決断するんだと、その機微のことを言ってるんだよね。
で、統計で野球を戦う方にどんどん行っちゃうんですか?
押井:いや、野球を統計で戦うのが正しいんだとも言ってないんだよ。結局、チームは地区のプレーオフで負けるんだから、2年連続で。どっちの理論が正しいとか、職人の直感と経験は絶対信用するなとか、一方的に言ってるわけじゃないんです。
 シーズン終了後にビリーはボストン・レッドソックスに移籍を持ちかけられるんです。映画の最後のテロップによれば、1250万ドルというGM史上最大の契約金で。
すごいじゃないですか。
押井:だけどビリーはその話を断ってアスレチックスに残るわけ。このチームで勝ちたいんだ、って。「いまだにワールドシリーズ優勝に挑戦中」で終わるんだよ。勝ってないんです。
  この辺がこの映画の面白いところなんだよね。最後にワールドシリーズに勝っちゃうのが少年ジャンプやアニメの世界。日本のスポーツものがダメなのは全国大 会とか世界大会で勝つまで終われないからなんだよ。そうじゃない、大事なのは途中経過なんです。逆に言えば結果なんかどうだっていい。ビリーだってそう 思ったからアスレチックスに残ったんだよ。
押井: 従来通りのやり方で選手を集めたヤンキースは、ひと試合勝つために140万ドル使ったんだけど、そのシーズンで同じくらいの勝ち星のアスレチックスは1勝 あたり26万ドル。5分の1以下なわけだ。どちらが優れてるかは一目瞭然。だけど既得権益を持ってるヤツらは新しいやり方にみんな反対する。でもさ、そん な連中に嫌われたって、ビリーには関係ないんだよね。
 ビリーは娘を大学にやりたいからお金が必要なんだよ。にもかかわらず、クビを賭けて までやったんです。失敗してクビになったら、球界で拾ってくれるところなんて無いから、スポーツ用品でも売って歩けと言われてる。もちろんそれじゃ娘を大 学に入れられないわけ。1250万ドルもらったら大学どころか海外留学でもなんでも好き放題なのに、それをあえて蹴ってるんだよね。
「努力と友情と勝利」はファンタジー

押井: この辺のところが僕に言わせるとこの映画のテーマでもあるし、一番優れてるところでもあるし、同時に映画の作り方の見本でもあるんだよ。彼がそれで大成功 して、弱小球団がワールドシリーズに優勝しちゃって、あるいはレッドソックスに移籍して大金持ちになったら、それこそ少年ジャンプだよ。努力と友情と勝利 の世界だよね。だけど、そういうのって全然現実原則に即してないわけ。
それはファンタジーだと(笑)。
押井:映画ってもちろんファンタジーなんだけどさ、どこかで人生の教訓があるから面白いんです。人間というのは不合理なものなんだから。
  ビリーはピーターからも「アンタはやっぱりレッドソックスに行くべきだ。なんで行かないんだ」って勧められるんだけど、彼もさ、「自分を連れて行け」とも 言わないんだよ。ビリーもひと言「お前はいいヤツだ」ってそれしか言わないんだよね。そして結局アスレチックスに残ると。
それでも給料は上がったでしょうし、娘も大学には行けたでしょうね。
押井:あえて組織論みたいなことを言うとすれば、悩むことは絶対に必要なんだよ。悩まないヤツはおかしいんだから。悩むことを知らない人間とは組めないし、そういうヤツと組んで仕事しても絶対勝てない。
 ビリーも「本当にこれでいいのか」って迷うし、失敗すればクビで、そうなったら娘を大学に行かせられないかもしれない。これは結構シビアな問題だよ。
うちも息子が今年高校受験ですからね…。
押井:管理職になってれば、だいたい子供を大学にどうやって行かせようかなという時期だったりするし、半分はそれがテーマになるんだから。あるいは家も買っちゃったし、とか。
 でもそこでそれを基準に判断するようになると、必ず勝利から遠のく。だからと言ってバカみたいに突撃しても自爆するだけ。
保身を最優先するダメ監督をどうする?

押井:この映画が面白いのは、ビリーはちゃんと味方を作ることもしてるんだよね。チーム全部を敵にするんじゃなくて。選手にはどんどん引導を渡すけど、監督は最後までクビにしない。
その監督はGMのイエスマンなんですか?
押井:いや、全然言うことを聞かない監督なんだよ。ビリーが連れてきたハッテバーグと言う選手を一塁手にしろと押し付けられるの。そもそもファーストをやったことない選手なんだけど「そこはお前が教えろ」って言われるんだよね。
  一方で、ルーキーだけどオールスター出場も確実と言われているペーニャという前途有望なファーストがいるんだよ。監督はそっちを使い続けるわけ。チーム自 体は勝てなくて低迷してるんだけど、そういう選手を出さずに負けたらファンや評論家から何を言われるかわからないから。「(アスレチックスをやめた後の) 就職活動のためにも俺はあいつを使うんだ」ってはっきりビリーに言ってるの。僕の理論では、もちろんこの監督はダメ監督なんです、勝つことをテーマにして ないから。
勝つことよりも自分の保身の方が優先してるんですね。
押井: もっと言えば突っ込まれないことを優先してるわけ。そりゃ周囲はさ、「なんでペーニャを使わないんだ。あいつを使って負けてるのは許すけど、使わないで負 けたら許さない」とか言うんだろうけど、それは勝敗論と関係ない。監督ならどちらが勝つ確率を高いかを考えるべきなんだよね。だから明らかにダメな監督な わけ。
でも、そんな言うことを聞かないダメ監督をどうしてクビにしないんですか?
押井:自分ひとりじゃ手が回らないからね。監督のクビを切らないかわりに、一塁手のペーニャをシーズン途中で突然トレードに出しちゃう。
うはあ。要するに言うことを聞かないで監督をクビにするんじゃなくて、監督が使い続けた選手の方をクビにしたわけですね。
押井: 急造一塁手のハッテバーグは守れないけど、出塁率は明らかにペーニャを上回ってるんだよ。なぜかと言ったら選球眼がいいから。マネーボール理論は出塁率を 重視するから、選球眼は必須の条件なんだよ。相手のピッチャーに球数を投げさせるし、四球でもヒットでも塁に出れれば同じなんだから。
 ペーニャがいなくなったんで、監督はハッテバーグを使わざるを得なくなったわけ。就活しようにも自分に必要な選手は放出されちゃって、それでもこの監督は辞任しなかったんだから、その時点でGMの軍門に下ってるわけです。そうである以上は辞めさせる必要がないんだよ。
「クビ」で中間管理職をコントロールするのは最悪のやり方

そこで監督をクビにするというオプションもあるわけじゃないですか。
押井:あるよ。だけどそれは最低のオプションだよ。わかりやすいだけで、逆に将来的に味方になる可能性のある人間を確実にひとり失う。
中間管理職である監督はこっちの味方にしようという作戦なんですね。でも、監督の言うことは聞かない。
押井:そう。そいつの意見は聞かない。そいつがそれで辞めると言ったら、それはしょうがない。限られた選択肢しか与えないために、あえてチームを飛車角落ちにしちゃうんだよ。持ち駒にいないんだから、使いようがない。あとは金と銀で戦えというさ。
桂馬はいっぱいいるぞみたいな(笑)。
押井:だけど結果的に、アスレチックスはシーズン後半に20連勝しちゃうんです。その時に、この監督は「アンタが正しかった」とはひと言も言わないわけ。世間的には彼が名監督だということになったわけだ。ビリーも、それはそれで別に構わないんだよね。
それは監督の側のメリットですよね。
押井:もちろん。メリットを作ってやらなかったら誰も味方になんかならないよ。それは硬軟取り混ぜつつという単純な話じゃないんだよ。その硬軟をどういうレベルでつけるかが大事なんだという話。監督のクビは切らなかったけど、ヘッドスカウトは真っ先にクビにしたんだからさ。
なぜ監督だけは残したか

そこで監督だけをこっちに残すというのはどういうことなんでしょうか?
押井:監督は現場の責任者だからです。
 どんなに言うことを聞かない監督だろうが、監督がいなかったら試合はできないんだから。自分が監督になるんだったら別だけど、それはもうひとつの最低の選択肢です。それは監督をクビにして、自分がその映画の監督になっちゃったプロデューサーと一緒だよ。
試合は完全に監督に任せると。
押井:そう。はっきりセリフで言ってるんだもん。「スタメンを決めるのは確かにお前の権限だ。でも選手をトレードに出すか出さないかは俺の権限だ」というさ。
そこはある程度権限を与えて任せちゃうってことですか?
押井:権限は与えて、選択肢を制限しただけ。そうなると傀儡にならざるを得ない。その制限された選択肢が嫌だったら辞任するしかないんだよ。クビを切ったわけじゃない。
それはあいつが自分で辞めたんだ、と。
押井:それが監督にとってどれだけ不利か知ってるから、監督も辞めないんだよ。だから(「機動警察パトレイバー」の)後藤と一緒。命令も強制もしてないんです。だけど選択肢を与えてないだけ。
クビを切るのに説明は無用

押井:要するに監督の利害とGMの利害とオーナーの利害はみんな違うんだよ、当たり前だけど。オーナーはとにかく観客動員がどんどん伸びて儲かることがテーマ。優勝というのはそのための優勝だから。
  一方で監督は自分が非難されないために戦ってたりするわけです。突っ込まれないように選手を起用する。それで負けても仕方がないと言われるんだったら負け てもいい。負けてもいいとは言わないけど勝つことが至上じゃない。いつまで自分がその球団で監督をやってるかはわかんないから。
 いつも 言ってるけど、勝敗論というのはそれぞれの立場でみんな違って当たり前だし、違ってるものなんだよ。僕は会社勤めはしたことないけど、会社だって同じは ず。一番トップにいる社長とそれぞれの部署のトップと平社員の立場とでは、それぞれの勝利条件は違っていて当然なんです。
 会社員だったら最低でも降格されたくないし、できれば出世したいわけだ。平社員は平社員で責任取らされてクビになったりとかシビアだと思うけど、実際問題地位が上昇するに連れてハードルはどんどん高くなる。そうなるとどうなるか。どんどん決断しなくなるんだよ。
なるほど。
押井:要するに現状維持を望むんだけど、その現状維持を望むことがつまり「経験」とか「直感」を重視する考えの背景に広がってるんです。
「俺はいままでこれでうまくやってきたんだから、今回もうまくいくはずだ。それでうまくいかなかったとすれば、それは俺が悪いんじゃなくて運がなかったんだ」と言いたいわけですね。
押井: そうそう。現状維持を望むというのは勝たなくてもいいから言い訳が欲しいだけなんだよ。要するに、直感や経験を重視する人は「勝つこと」を絶対条件にして ないことがほとんどなわけです。勝つためだったら自分の経験だろうがなんだろうがドブに捨てる覚悟がなかったら勝てるわけないじゃん、という話なんだよ ね。
 僕が好きなサッカーの監督、モウリーニョも「データ男」なんです。山のようにデータを収集して、試合のビデオも山ほど見て、相手チー ムごとに戦略も戦術も変えて、選手起用も考えて徹底的にシミュレーションして試合に臨む。要するにやれることを全部やって、勝つべくして勝ってるわけだよ ね。
 いつも言ってるけど、それが正しいんです。長嶋みたいな勘ピューターは論外として(笑)、それをやらずに「この選手を使って勝てたら いいな」というんじゃ勝てないんだって。それは今のチェルシーみたいなものだよ。(フェルナンド・)トーレスを使い続けてるけど、ダメなんだよあいつは。 アブラモビッチがバカみたいな金で取ってきたんだから元を取れという話なんだろうけど、点を取れないストライカーはダメなわけ。どんなバカでも人格破綻者 でも悪党でもストライカーというのは点を取るものなんだよ。チームメイトに嫌われようが結果を出してる(ズラタン・)イブラヒモビッチみたいに。
「お互い欲しいモノをはっきり言おう」

そんなに嫌われてるんですか(笑)。
押井: 自信家で誰の言うことも聞かなくて嫌なヤツに決まってる。でも抜群の身体能力と勝負勘で点を取ってるんだもん。バルサに行こうがインテルに行こうが点は取 る。それでチームが優勝できるかは使う側の問題であって、優勝は俺が考えることじゃないし、チームメイトがどう思おうが関係ない。そういうことが選手の立 場だったりするわけ。
俺は俺の仕事をするだけなんだと。
押井: この映画はそういうのもちゃんと描いてる。かつては名選手だった30代のベテラン選手にビリーが言うんだよね。「お前がどう思おうが関係ない。お互い欲し いものをはっきり言おう。俺は今のお前に金を使ってるんだ。お前の過去なんか関係ない。今のお前に求めてるのは成績じゃない。若手の模範になれ」って。そ したらその黒人選手が一言「わかった」って。
 それ以上のセリフはいらないんだよ。余計なことをセリフにすればするほどドラマから遠のくんです。
 ビリーにいろいろ言われて反論したヤツはみんな冒頭30分くらいで次々クビになってる。あとには「わかった」と言うヤツしか残らない。それは正しいんだよ。なんで説明する必要があるのか、と。
説明や説得はしないんですか?
押井:説得しない。選択肢を与えるだけ。もちろん選択肢を与えないヤツもいるんだけど。「明日からタイガースに行け」って(笑)。
ううむ、この映画、サラリーマン必見のような気がしてきた(笑)。長くなってきたので、この辺で後半にしたいと思います。

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