人は外装では判断してはいけない
宮咲アンナのページ特集
noteにはAI並みに速読出来る人がいるのかなぁ〜? 流石にびっくり七不思議の1つ。スキ18
宮咲アンナ 2019/07/30 21:41
これってノートあるある?でも流石にこれってどういう事?
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ギリシア神話の発祥 2011/12/12(Mon) ギリシア神話の始まりは、紀元前(B.C.)15世紀まで遡ります。口承形式でうたわれ伝えられてきました。
このころは、前回の記事で書きました、エーゲ文明が栄えていたころですね。(エーゲ文明については、『古代ギリシア文明の発生』を参照のこと)
この口承形式の神話の最古であり、頂点に位置する傑作と言われているのが、B.C.9~8世紀ごろにホメーロスという人物の残した二大叙事詩(出来事を記述する形の韻文)、『イーリアス』と『オデュッセイア』です。
『イーリアス』はトロイア戦争(紀元前1250年ごろ)の戦争10年目の約50日間の物語であり、『オデュッセイア』は、英雄オデュッセウスの、トロイア戦争から帰国までの冒険物語です。
(『オデュッセイア』の中のひと場面)
この作者とされるホメーロスはB.C.8世紀末の楽人、あるいは吟遊詩人とされています。
吟遊詩人とは、詩曲を作り、各地を訪れて歌った人々のことを指します。
(ホメーロス)
伝承によれば、ホメーロスは盲目であったとされています。
それはアリストテレスが指摘したように、しばしば視力の喪失は記憶力を高めると考えられていたこと、そして
ギリシアでは非常に頻繁に、盲目と予知能力を結び付けて考えていたことから、そうされていたそうです。
しかし、ホメーロスが実在していたのか、そしてホメーロスが本当に『イーリアス』と『オデュッセイア』の作であるのかという決定的な証拠があるわけではなく、その論議は今も続いているのが事実です。
このような口承形式の神話は、B.C.8世紀ごろに詩人ヘーシオドスの手によって、文字で記述され始めます。
それによって、神々や英雄たちの関係や秩序が体系的にまとめられました。
この時に使われた文字が、フェニキア文字でありました。(古代ギリシアの文字については、『古代ギリシア文明の発生』を参照のこと)
また後にはローマの詩人・文学者がラテン語によってギリシア神話を記述しました。
ここで記述されたギリシア神話は、大きく3種類の物語に分けられると言えます。それは、
1.世界の起源
2.神々の物語
3.英雄たちの物語
です。
この時代の人々は、先祖代々これらの神話を信じていました。
当時において神話とは、先祖代々、引き継いできた「共感了解」、いわば「常識」のようなものであったのです。
これを疑うことなどもっぱらあり得ないことだったのです。
彼らは、身の回りの分からないことは全て神話によって納得していたといってよいでしょう。
つまり、「よくわからないけど、神話によれば、神様がやっているんだよ。」という説明の仕方です。
たとえば「雷はなぜ起こるの?」という不思議があれば、「それはね、神話によれば、あのオリュンポス山の山頂に住むゼウスという神様が起こしているのさ」という具合ですね。
こうして、ギリシア神話は始まり、人々に伝承されていたのです。
さて、こうした神話が発端となり、B.C.8世紀ごろのポリス(都市国家)の広がりによって、最初の"哲学"が生まれることになるのです。
それは、"相対主義"でした。
前回の『ギリシア神話の発祥』で書いたように、ホメーロスの『イーリアス』と『オデュッセイア』に代表されるような"神話"を柱とした生活が、古代ギリシアでは当たり前となっていました。
神話は当時、"絶対的なもの"だったのです。
しかし、この「絶対的な神話」が崩壊する危機が訪れます。
それは同時に、絶対主義の崩壊、そして"相対主義"の誕生でありました。
そのキッカケとなった状況を説明しましょう。
当時、ギリシアの人々の生活様式に大規模な変化がありました。
それは、狩猟生活から農耕生活への変化でした。
そしてそれは同時に、少人数の群社会から、都市を建設する第人数の国家社会への変化でもあるのです。
なぜだか分かりますか?
なぜなら、今まで狩りをしてその日暮らしで生活していた人々が、農耕を通じて安定して大量の食糧を確保することに成功すれば、"食"に不安を抱えることなく(生存欲求、安定欲求を満たされるので)、子供をたくさん産み育てることができます。
そうすると人類は爆発的に人口を増加させ、村を町へ、町を都市へと発展させていき、ついには巨大な都市国家(ポリス)を形成していくことになるわけです。
都市国家(ポリス)がどんどん大きくなっていくと、どうなるか…
最終的に、広がりきったポリスの活動範囲は、遠い地方のポリスと交わるようになりました。
つまり、「今まで関わることのなかった遠くの人々同士が、互いに出会って交流し始める」という人類初めての出来事がこの時起こったのです。
そしてこれが、これまで絶対的であった神話が揺らいでゆく始まりでありました。
人々は交流を通して気づいたのです。
「それぞれの国で、神話の内容が違う!」ということに。
これは大変衝撃的なことだったでしょう。
「雷ってのは、あの山の神が喧嘩した時に出るんだよね」
「いやいや違うよ!地獄の悪魔が怒っている時に出すんだよ」
「えっ、俺の国は全然違うぞ!」
このように、それぞれの国で神話の内容が異なれば、徐々に人々は気が付いていきます。
「もしかして、神話って全部ウソなんじゃないか…?」
それまで「絶対的に正しい」と信じられてきた神話への概念が崩壊してゆく瞬間です。
しかも、それは神話だけではありません。
正しいと聞かされてきた常識や理念、正義という価値観、善悪を裁く法律、それらまでもが国によって違うことに人々は気が付きました。
たとえば、ある国では"復讐行為"が、神も行う正当なことと思われていたが、違う国では神に反発する狂った者が行う行為とされる。
まったく同じ行為でも、国によって正義になったり犯罪になったりするわけです。
そういった違いを目の当たりにした人々は、絶対的な真理に対して疑い始め、次第に「絶対的なものなんてなかったんだ!」と言い出しましました。
こうして、「何が正しいかは、国によって、人によって、時代によって変化し、相対的なものにすぎないのだ」という結論に至った人々。
それは、人類が初めて真理について哲学し、たどり着いた結論だったのです。
絶対主義の崩壊、そして"相対主義"の誕生はこうして起こりました。
※拙著ブログ掲載
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