『転校先の髪型校則』

【雫の受難】
 私の父は国家公務員だ。仕事先は全国なので、これまでも度々転勤してきた。私は勉強は出来た方だし、どこに行っても友達を作り、楽しく過ごしてきた。

 中学入学を前に、東北地方のとある場所への転勤が決まった。いつものことだとそれほど動揺せずに受け入れた。

 そこは予想以上に田舎だった。それまでは横浜に住んでいたから、こんなところで生活していけるのか、とても不安になった。

 入学式の前に校長室へと招かれた。転校生は私と男子と女子一人ずつだった。校長先生にいろいろ説明される。一しきり説明を終えると、生活指導の先生に代わった。体格が良く、少し怖そうな先生だ。

 校則の説明が始まった。いろいろ規則があり厳しいらしい。中学校だから仕方ないかと思いながら聞いていた。説明にも飽きてきた頃、耳を疑う言葉が発せられた。
「髪型だが、男子は丸坊主、女子は刈り上げのショートだ。例外は一切認めない。」
「…えっ?丸坊主ですか?」男子生徒が聞く。
「ああ。校則で決まっている。ちなみに五厘刈りだ。」
「今刈り上げって言いました?女の子なのに…どうしですか?」
「中学生は心身ともに不安定だ。今からお洒落なんかしていると堕落していく。前はとても荒れた学校だったが、校則を見直してからは生徒たちも落ち着いた。保護者からも感謝されている。」
「…」
「なお今日中に切ってくるように。もちろん刈り上げはバリカンでな。切ってこないと生徒の中で浮くぞ。それがイジメの原因になることもある。明日切っていなければ、俺が容赦なく切るからな。」

 嘘でしょ?なんで髪を切らないといけないの?おかっぱぐらいならまだしも、刈り上げのショートなんて…。お母さんに相談しよう。

 校長室を出て2人と話した。
「坊主なんて嫌だ…。」
「私もまさか刈り上げなんて…運動部に入るわけでもないのに…。」三つ編みに触れる彼女。
「どうする?今日中に行かないといけないって言ってたね…。」
「親に相談してみようか。」
「そうしよう。その後みんなで学校に落ち合おう。」

 家に帰ってお母さんに相談した。お母さんならば止めてくれると思ったが、意外な応えが返ってきた。
「校則なら仕方ないわよ。お母さんも学生時代そうだったし。刈り上げなんて懐かしいわ。」
「そんなこと言わないでよ…私刈り上げなんか絶対にしたくないし…。」
「『郷に入っては郷に従え』って言うでしょ?ここのルールに従わないといけないわ。今までもそうしてきたじゃない。」
「それとこれとは違うよ…。」
「同じよ。ほら、お金をあげるから髪を切ってきなさい。おつりはお小遣いにしていいから。」

 五千円を渡されて家を出された。学校に集まると2人も来ていた。2人とも同じことを言われたらしい。本当は美容院に行きたかったが、なかなか見つからなくて仕方なく、学校近くの近所の床屋へ行くことにした。美容院だと男の子の丸刈りをしてもらえるかが不安だったというのもある。

 床屋に入ると、その雰囲気に圧倒された。美容院のようなお洒落な雰囲気はまるでなく、待合室に漫画雑誌や週刊誌、武骨な椅子、そして大きなバリカンが目に入った。あれで刈り上げにされる…ゴクリと生唾を飲んだ。

 まずは男の子が椅子に座った。小声で「丸刈りにして下さい…。なるべく長めで…」と言う。おじさんは「中学校だね?長いのなんか駄目だよ。校則で五厘って決まっているから。」と言って、バリカンを調整してスイッチを入れた。

 低い音とともにバリカンが入る。黒々とした髪が一瞬で刈られ、青白い地肌が現れた。ただ茫然と見守るしかなかった。次々にバリカンで髪を刈る。やがてツルツルの丸坊主になった。「すぐに慣れるさ。」なんて肩を叩いて言われていた。

 あのバリカンで髪を刈られる…どうしよう…そわそわしていると、次はもう一人の女子が椅子に座った。とても長い髪を綺麗な三つ編みにしている。
「お嬢さんも中学一年生?」
「は、はい。」
「君は見たことないけど転校生かな?」
「…そうです…。」
「嫌だろうけど刈り上げにするからね。」
 
 手早く三つ編みを解き、櫛で大雑把に梳く。三つ編みの癖で髪がウェーブしている。ある程度梳くと、迷わずにハサミを入れた。

 首筋でバッサリと切った。体を小刻みに震わす彼女。すすり泣きが聞こえてくる。その後もハサミは留まることを知らず、どんどん切っていく。耳も出されある程度短くすると、おじさんは先ほど男子を丸坊主にしたバリカンを持ち出した。

 頭を抑えられ、白い襟足にバリカンを当てる。ヒッという小さな声が聞こえた。ガリガリと音を立てて髪が刈られていく。信じられないことが間近で起こっている。あれだけ可愛い三つ編みにしていた彼女が、短く切られた上にバリカンで刈り上げにされている。バリカンで刈られた部分は僅かに髪が残っているだけだ。これが刈り上げ…私もこうされるんだ…。

 後ろを終えると耳の横にもバリカンを入れる。横も刈り上げにしないといけないのか…ますます絶望的になった。

 ふと横を見ると、男子も食い入るように見つめている。髪を切られるところを男子に見られるなんて!嫌だ、すごく恥ずかしい。

 ショッキングな断髪はやっと終わった。次は私だが、あんな風にされるのはどうしても嫌だった。そこで咄嗟に嘘をついた。
「すいません、ちょっと用事を思い出しました。また来ます!」
 そう言って床屋を飛び出した。家に帰るとお母さんにすごく怒られたが、明日は絶対に切りに行くと言ってその場を収めた。

 入学式。皆見事に髪を切ってきていた。どの子を見ても丸坊主と刈り上げショート。長いのは私だけだった。気まずいまま始業式も終えて放課後になると、生活指導の先生に呼び止められた。
「あれだけ言ったのに、なんで切ってこなかった?」
「あの、今日これから切りに行きます。」
「そんなのはダメだ。そう言って何日も切らないのは目に見えている。昨日言った通り、今から俺が切る。」そう言って強引に生徒指導室へと連れて行かれた。

 先生に髪を切られる…どうしよう…怖いよ…こんなことなら昨日床屋さんから逃げずに切ってもらえば良かった…。

 椅子に座らされ、ケープ代わりの新聞紙をかけられる。ポニーテールを解かれた。
「こんなに長い髪をしやがって…。」と先生は呟く。

 体の震えが止まらない。これからどれだけ切られるのだろう。バリカンで刈られてしまうのだろうか…。先生は乱暴に櫛で梳かし、長い後ろ髪にハサミを入れた。ジョキジョキと一気に髪が切られる。昨日見た女の子みたいに切られているのが分かった。同時に涙が零れてきた…。

 後ろの次は横の髪も切り始める。程なくして耳を全部出された。前髪も眉にかからないところで切られ、それが終わると全体的にハサミを入れていく。かなり短く切られている。早く終わらないかな…でもこの後バリカンでやられるのか…嫌だ…!

 ハサミを置くと、代わりにバリカンを持ち出した。バリカンは大きな音を立てている。
「今から刈り上げていくから動くなよ。」
 
 動くも何も体が固まっていた。頭を抑えつけられ、襟足にバリカンが入った-。

 地肌に冷たい感触。ガリガリと後ろの髪が刈られているのが分かった。おぞましい感覚。「イヤー!!」と絶叫したが、「切ってこないお前が悪いんだぞ!」と一喝された。それは分かっている。でも…でも…!

 後頭部に入ったバリカンを何度も動かし、次は横の髪にバリカンが移った。だがこの時あまりにも痛くて、絶叫とともに動いてしまった。ガリガリと嫌な音を立ててバリカンで刈られた。
「馬鹿!動くなと言っただろう?変なところまで刈っちまったじゃないか!」
 
 そう言って鏡を見せられると、横は同級生の刈り上げよりも高い位置まで髪がなかった。一部分だけ丸坊主にされたような感じになった。
「嘘…」
「お前が悪いんだぞ。こうなると素人の俺には修正出来ないから、今から床屋に行ってこい!」

 私は走って走って生徒指導室を飛び出し、昨日の床屋さんに駆け込んだ。涙ながらに
「あの…変な髪型にされてしまって…その…何とか整えてもらえませんか?」言い終わると号泣していた。
「困ったねぇ。先生にでもやられたのかい?これを直すのはいくら何でも無理だよ。」
「そんな…。」
「この際坊主にしてみる?このままではかえって変だし目立って仕方がない。それに時々部活で坊主にする女の子もいるから、この際坊主にしちゃった方がいいよ。案外スッキリするしね。」

 坊主…?嘘でしょ?…ついさっきまではあんなに長かったのに…。私が迷っていると、おじさんは鏡を見せてくれた。思った以上にひどい髪型だった。
「丸坊主にする女の子がいるって、本当ですか?」
「ああ本当だよ。ここはスポーツに熱心でね。強いんだけど先生が厳しくて、ひどい負け方をして坊主にさせられる子が時々いるんだよ。だから坊主にしてもあまり目立たないよ。」

 私はしばらく考えた。確かにここまで来たら丸坊主も一緒かもしれない。それに今の髪型はひどすぎる。もう仕方がない…。

「分かりました。丸坊主にして下さい…。」
「よく決心したね。じゃあその決心が鈍らないうちにやらせてもらうね。長さも刈られた部分に合わせるから、かなり短くなるよ。」

 もうこの際長さなんかどうでもいい。早く何とかしてほしい。

 でもおじさんがバリカンを持ち私の前に立つと、一気に恐怖心で満たされた。坊主になるなんて考えてもいなかった。男子生徒みたいな坊主に今からされる。バリカンで全部の髪を刈られる。逃げ出したい。けれどそれだと昨日と同じだ。みっともない頭で学校に行くことになる。

 そして再びバリカンが入れられた。先生のそれとは違い、優しく刈られていった。バリカンの感触は気持ち悪かったが痛くはなかった。さすがはプロだと感心した。

 しかし鏡には髪を刈られている私が映っている。バリカンは容赦なく私の髪を刈っていく。昨日見た男の子と同じことが、私の頭で起きている。それを見てまた涙が出てきた。女の子なのに…どうしてこんなことしなくちゃいけないんだろう…昨日逃げたのがいけなかったのかな?そもそもお父さんの転勤が原因かも…。

 ふいにバリカンの音が止んだ。髪が全部刈られ、無残な丸坊主姿が映っていた。思わず顔を背けた。

 そこで終わりではなく、クリームを首筋に塗られ、剃刀で剃られた。くすぐったかったが、動いたら危ないと思い必死に堪えた。襟足の毛を剃られるのはすごく恥ずかしかった。

 全てが終わり、坊主頭の自分が鏡に映っていた。そっと頭を触るとザラザラしていた。お金を払ってお店を出て、走って家に帰った。

 自分の部屋で号泣した。堪えていた涙が次々に溢れてきて止まらなかった。髪飾りは全部捨てた-。

 翌日。憂鬱な気持ちで学校に行くと、教室は一斉に歓声と悲鳴が上がった。恥ずかしくてうつむくと、一人の女子が駆け寄ってきた。
「どうしたの?なんで丸坊主にしちやったの?」
 
 私は昨日の顛末を話した。変な子って思われるかな?嫌われちゃうかな?そう思っていると、その子は
「凄い!女の子なのに凄いよ!私尊敬しちゃうなぁ。」と言ってくれた。

 予想外の言葉に涙ぐんだ。続けてその子は
「私恵子って言うの。よろしくね!」と言ってくれた。

 その日はクラスの係を決めた。私は無難に保健係にしたが、恵子はなんと学級委員に立候補し、満場一致で承認された。

 恵子は私の坊主頭を気にしないでいてくれる。そんな彼女が学級委員ということもあり、私はすんなりクラスに溶け込んでいった。そんなある日、「ねぇ雫、今度の日曜日、行きたいところがあるの。ちょっと付き合ってくれない?」と恵子が言ってきた。

 何だろう、買い物かな?と思いながら恵子と会うと、あの床屋に着いた。一瞬嫌な記憶が蘇る。
「恵子、ここで髪を切るの?まだそんなに伸びていないじゃない。」
「うん、そうよ。私のすることを見ていてね。」
 
 お店は空いていた。恵子はすぐに椅子へと通された。
「お嬢さん、今日はどうするんだい?」
 すると恵子はおじさんを近くに呼び寄せて、ヒソヒソと耳打ちしている。
「えっ?本当にいいの?」
「はい。大丈夫です。思いっきりやっちゃって下さい!」

 どんな髪型にすると言ったのだろう。おじさん、かなり驚いていた…するとおじさんはバリカンを持ち出した。校則通りの刈り上げにするんだろうな。もっと短くするのだろうか。でもなんでそんなことのために、私を連れて来たんだろう…?
 
 するとおじさんは恵子の前に立ち、バリカンのスイッチを入れた。そしてこともあろうに、恵子の前髪にバリカンを潜り込ませた-。

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