苦しみの「科学」

今から約2500年前に、お釈迦様が

ぼくたち人間の「心」についての、


ある性質を教えてくれています。


人はだれでも、成長するにつれて、

「心の存在」を生み出していきます。

心は「喜び」を感じることもすれば、

「苦しみ」や「悲しみ」を、

感じることもします。


そして、重要になることは、

「心があるからこそ」


ぼくたちは足を止めてしまったり、

前に進もうとしたりするということです。


心の迷路に入り込み、

そのまま出てこれない人もいれば、

心とうまく関係を築いて、

『自分という存在』をどこまでも、

どこまでも開放していく人もいます。

あなたの『生きるという体験』は、

あなたの「心で感じること」といっても

過言ではありません。

「面白い」

「つまらない」

「退屈だ」

「感動した」


ぼくたちは日々の中で、

この『心の動き』によって、

「生きる」を体験しています。

だからこそ、

あなたがあなたの「心」と、

どういった関係を築くのかが、

あなたの人生を左右する

ポイントになります。


ぼくたちの「心」には、

ある性質があります。


それを「感じる」ためには、

あなたが何を経験していたいのか?

ではなくて、

あなたは今何を経験しているのか?に、

もっぱら意識の目を向けることです。

ぼくたちの「心」とは、

どんな経験をしていようとも、


【渇愛】(かつあい)をもって応じてしまいます。


【渇愛】(かつあい)とは、

シンプルにいえば、
【執着】のことになります。


例えば、
めちゃくちゃ喉が乾いているときに、
「水を求めること」


これが、


【渇愛】であり、
【執着】です。


実はぼくは少し前に、
こんな体験をしました。

菌が胃や腸に入り、
胃腸炎になってしまいました。

高熱が出て、お腹には常に激痛が走り、

ただ、横になってもだえ苦しむそんな日々を、

約10日間も、過ごすことになりました。

何も食べることもできずに、


だけど、脱水症状になってしまうので、
水分だけはとるのですが、


菌によって胃や腸が荒れていて、
お腹の激痛が止むことがありません。

すぐにトイレにもいきますし、
お腹への激痛が、
10秒毎にも押し寄せてきます。


そんな『本当に苦しい体験』を、
12時間以上にわたってしている時、


ぼくはその「不快感」が
『取り除かれること』のみを、


心で強く【渇愛】していました。

この苦しみがとれるのなら、

もう他には何も要らない!

本当にそのことしか頭にはなく、

目の前の激痛がなくなることのみを、

ただ望んでいました。

辛い経験や、
苦しい体験をしている時、

早くこの状況が終わればと、
誰もが望むはずです。


それから数日後、

病院にも行き、
点滴もしてもらい、


薬をもらうことで、よーやく体調も回復しだすと、
「食べ物」を口にできるようになりました。


本当に1週間ぶりの食事です。


初めは、塩味だけのお粥を食べるだけなんですが、
それでも1週間ぶりに口にする食べ物は、

本当に美味しく、

食感や、
食べれることの喜び、


美味しいと感じることなど、

本当に「快」を体験しました。


ただ、「ありがたかったこと」を、

今でも覚えています。

それぐらいに、辛く、しんどい日々を

過ごしていたからです。

だけど、1度食事をしだすと、

今度は、その「快」を持続させ、
さらに強めることに、

ぼくの「心」は、

【渇愛】をもって、
応じるようになりだしました。

つまり、


どんどん違うものを食べたいと望み、
どんどん食べる回数を増やしたいと

望んでいったわけです。

心が『不快』の時は、その不快がなくなれば、

「それだけでいい」と思っていたのに、

その不快がなくなり、

快を経験すると、

すぐに、『快』を求めだします。


『快の感情』に執着し、

その『快』をもっともっと欲しいと、

心が望みだしたわけです。


これが、


【心の本当の姿】であり、

「心」はつねに【満足】することを、

知りません。


つまり、どんな状況であっても、

心は常に【渇愛】をもって応じるわけです。


この「心の本当の姿」を
認識することは、

今後、自分を生きていく上で、
とっても重要なことになります。

ゴータマ・シッダールタ、
後の仏陀(ブッダ)は、


この心の【渇愛】に応じることなく、
「物事をあるがままに受け容れる」


つまり、


【渇愛】することなく、
「現実を受け容れる」


そうすれば、


「生きること」から、
【苦しみ】はなくなる、と

悟りを開かれました。


これが、
「涅槃」(ねはん)と呼ばれているものです。


「痛み」は、「痛み」として感じるが、
そこに苦しみはない。


喜びは、喜びとして感じるが、
そこに”もっと、もっと”はない。

この心の【渇愛】に応じることなく、
「物事をあるがままに受け容れる」


【渇愛】することなく、
「現実を受け容れる」

この涅槃(ねはん)の境地に達して、
ゴータマ・シッダールタは、


この世界の【苦しみ】から
完全に開放されて、


「悟りを開いた人」
『仏陀』(目覚めた人)と、

呼ばれるようになりました。


これが、
【無の境地】です。

まぁ、そんな「聖人の領域」に達することは、
ほぼ不可能ですが、


それでも現代を生きるぼくたちにとって、
全く関係の無い話かといわれれば、

そうではありませんよね。


約2500年前に仏陀は、
人の「心」を理解しました。

それから、約2500年の月日が流れても、

人は『心の苦しみ』からは、

一向に解放されていません。

ぼくも、あなたも、あなたの両親も、

あなたの友人も、見ず知らずの人も、

みんなが「心の苦しみ」に

悩み、苦悩しているはずです。

それが、『現実』です。

人は常に「心の取り扱い」に悩み、

苦しみ、影響され、

生きることをしています。


だからこそ、
ぼくたちが【学ぶべきこと】は、


【苦しみは、存在する!】

だからこそ、

「どうやって、そこから逃れるのか?」


その『心の鍛え方』を知り、

学び、
役立てて、

日々の生きることに、
活かすことです。

でないと、


一生【苦しみ】と向き合い続け、
人生の大半を苦しみの中で

過ごすことになるからです。

なぜ、ぼくが苦しむのか?

なぜ、わたしは苦しむのか?

ではなくて、


人はだれでも心を持っているからこそ、

その「心の性質」として、
苦しみを体験するということ。

そういうプログラムをもって、
「心は創造されている」

ということを、知ることです。


それを知るだけでも、

「心」が、
少しは軽くなるはずです。

そして、
どうやったら苦しみから逃れることができるのか?


苦しみと向き合っても、
問題を解決することはできません。

それこそ、涅槃の境地に立たない限りは、

苦しみから解放されることはありません。

果たしてそれを、

あなたが生きている間にできるでしょうか?


ぼくたちは誰でも、生命活動を終えるまで、
「心」と共に生きることをします。


「心」が存在する限りは、

心は【渇愛】をもって応じようとします。


それこそが、
「心の性質」だからです。

お釈迦様のように、
涅槃(ねはん)の境地にまで達すれば別ですが、

約2500年前から現在までの間で、

その境地まで達した人は、
本当に「数えるほど」です。

ならば、ぼくたちは、


ぼくたちのレベルに応じて、
対応策を持たなければなりません。


その第一歩が【知】であると、

ぼくは思っています。

心は苦しみを生み出す。


そして、


苦しみは存在する。

だけど、
苦しみから逃れる方法もある。

だからこそ、

苦しみとの付き合い方を学び、
「心の取扱」に慣れていく。


そうやって、


「苦しみ」と間接的に向き合うことで、


「苦しみに支配されること」から
逃れることができます。

ある人の「心」が、

あらゆる【渇愛】とは無縁であれば、


どんな神でも、
その人を、

苦悩に陥れることはできません。

その逆に、


ある人の「心」に、

いったん【渇愛】が生じたのなら、

宇宙の神々が全員揃っても、

その人を苦しみから、
救うことはできません。


少なくてもぼくたちにできることは、


まずはこの「心の性質」を、
抵抗しないで、
受け容れることです。

【心は満足しないからこそ、渇愛をもって応じる】

だからこそ、

そんな「あなたの心の性質」と、
あなたがどのように向き合うのか?


それを日々、意識しながら
内観していくことで、

苦しみから逃れる方法も、


ある程度は見つけることが
できるはずです。

あなたの「心」は、
あなたにしか「取扱い」できません。

だからこそ、


日々、内観することを「当たり前」にして、
『あなたの心への理解』を

深めていってください。

こういう時には、こういう感情を持ち、

こういう状況では、こういう気持ちを持つ。

こういう時には、何を求め、

こういう状況では、何を求めてしまう。


それが、

「あなたの心」です。


『あなたの心への理解』を深めることで、

あなたの心を安定させることができます。

心が安定すれば、
メンタル(精神)が安定します。


メンタルこそが、
あなたを動かすハンドルです。

あなたのメンタルが、

常に問題につかまってしまっていれば、


あなたという人間を、

あなたの人生のためだけに動かすことが

できなくなります。

だからこそ、


「あなたの心の取扱い」は、

『あなたを生きる』上で、

とっても重要な問題になります。


あなたの人生をまっすぐ進めていくためにも、


『苦しみとの付き合い方』を、
上手にしていきましょうね。


いちいち、ブレーキをかけていては、

あなたの人生は思うように進んでいきません。


本日も最後まで読んでいただき、
ありがとうございます。


いつもあなたに良い運気が流れこむように、
あなた自身を生きてほしいと想いを込めて。


Chao!

西野たかお/nishino takao

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西野 たかお

Life Travelerという 「命の可能性をどこまでも追求する生き方」を 「情報」として発信しながら、 ビジネスを展開しています。 ライン@登録者に電子書籍『新しいレベルの思考』 を無料プレゼントしています。 @hnh2651yで検索できます。
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