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熱海の夜、ダンスホールに舞う人々は豊かに生きていた

「どこでもいいから、とにかくどこか遠くに行きたい」

そう思った私は、東京から近くて、温泉に入ってのんびりできて、あまり混んでいなさそうな場所……と考えて、とりあえず熱海に行くことにした。

東京から車で約2時間。相模湾沿いの有料道路・熱海リゾートラインを抜け、熱海駅から少し離れた場所にあるホテルに向かう。

その日はあいにくの天気だった。空にはびっしりと雲が敷き詰められていて、どんより曇っている。商店街を通り抜けたが、月曜日だったからか閉まっている店も多く、曇り空と相まって「さびれた観光地」という印象を受けた。

泊まったのは、昭和に建てられて50年以上の歴史を持つ、老舗のホテル。車を玄関につけて、中に入る。

ロビーには、子どもからお年寄りまで、たくさんの人があふれていた。部屋数が300室以上ある大きなホテルで、ロビーもかなり広い。ソファーや椅子がそこかしこにあるが、それでも座りきれずに立ちながら待っている人もいる。

チェックインカウンターを見ると、長蛇の列をわずか3人のスタッフでさばいていた。待っている人数からしてどう見ても「いや、3人じゃ足りないだろ」と思うけど、きっと人手が足りないんだろう。大人しく列に並び、チェックインの順番を待つ。

建物は全体的に、古い。なかなか年季の入った造りだった。あまり詳しく書くと批判めいてしまうので書かないが、「年季の入った」で色々と察して欲しい。

チェックイン後にひと風呂浴び、夕食に向かうと、バイキング会場はとんでもない広さだった。2,000人収容できるホールなんだとか。天井も2階分の高さがあり、とにかく、びっくりするほど広い。

それだけ広いのに、席が全然空いていない。めちゃくちゃ人が多いのだ。飲み放題食べ放題がついているのに宿泊代がリーズナブルなので、家族連れや団体客に人気があるらしい。

中央のバイキングエリアを囲むかたちで、食事用の座席が配置されていた。席を探してふらふらとさまよっていたら、スタッフに「ステージの上にどうぞ」と案内された。ステージ? と思ったら、奥のほうに25メートルプールほどの幅の板張りのステージがあり、その上も食事スペースになっていた。

ステージの上で食事をするなんて初めてだな……と思いながら上を眺めると、巻き上がった状態のスクリーンが見えた。ステージの向かい側には、映写室が見える。音響設備もあるようだ。

昔はここはコンベンションホールとして使われていて、ディナーショーが開催されていたんだとか。芸能人とかも呼んだのかな。かなりしっかりと設備が整っている、立派なホールだった。食堂として使うのは、もったいないほどに。

昔の熱海は温泉地として栄えていて、バブルの時代にはリゾートホテルも多く建設された。しかし、バブル崩壊を機に、観光客がどんどん減っていったそう。このホテルも、買収されたりなんだりと、色々あったようだ。
きっとその過程でなにかしらの経緯があって、ディナーショーは開催されなくなり、このホールは食堂として使われるようになったのだろう。

立派なホールではあったけど、やはり古さは目立った。絨毯の色合いはくすんでいたし、ステージ近くの床にはガムテープが貼られている箇所があった。真っ赤な顔をした浴衣のおじいさんが、ガムテープにつまづいてよろけ、床に向かってブツブツ文句を言っていた。

・・・

食事を済ませたあと、館内を散歩した。

ゲームコーナーがあった。メダル落とし、エアホッケー、もぐらたたきなど、「いつの時代?」と思うような、レトロなゲームの数々。昔デパートの屋上にあった、メダルを入れるとキャラクターが前後にグワングワン動く乗り物(正式名称がわからない)もある。昭和感がすごい。ある意味貴重な空間だったが、一人も遊んでいなかった。

ひとつ下の階に降りると、ダンスホールがあった。食事会場のホールよりはやや狭いが、体育館ほどの広さがある立派なホールだ。天井からミラーボールが吊られていた。

入口のドアは開け放されていて、奥にある小上がりのステージの上に、ドラムやギターなどがセットしてある。壁沿いに椅子がずらりと並んでいて、正装した男女が座って談笑していた。

お揃いの緑色のスーツを着た白髪の男性たちがステージに上がり楽器を手にすると、何組かの男女はパラパラとフロアに出てくる。これからダンスが始まるようだ。

ダンスホールの入口近くに休憩スペースがあったので、ちょっと眺めていこうと思い、腰をおろす。

演奏が始まり、男女がステップを踏み始めた。フロアには、全部で10組近くはいただろうか。皆、若く見積もっても60代以上。おそらく、70代がメイン。もしかしたら80歳を超えている人もいるかもしれない。

男性は皆同じような格好だった。黒いパンツに白いシャツ。人によってはベストを着ていた。白髪をキチっとなでつけた髪型をしている。

女性は、The・社交ダンスなきらびやかな衣装を着ている人もいれば、一般的な洋服屋で売っていそうなスカートやワンピースに、華やかなアクセサリーを合わせて衣装風にしている人もいる。皆バッチリとメイクを決めているのが、遠目からでもわかった。

ダンスを眺めているうちに、なんとなく1組のペアを目で追っていた。

女性のほうは、白いフリルがついたワンピースを着ている。胸元が大きく開いているデザインだったが、そのままだと露出が多すぎるからか、濃いベージュのインナーを合わせていた。おそらく60代。小柄で、上品な雰囲気だった。

男性は、白髪が目立つ参加者の中では、髪の色が黒いほうだった。染めているのかもしれないけれど。こちらもおそらく60代くらいだろう。

曲が入れ替わるタイミングで休憩に行くペアも多かったが、その1組は3曲続けて、ずっと踊っていた。ゆったりとした曲ではしなやかにステップを踏み、アップテンポの曲では女性がぴょんっとジャンプを決めていた。時折2人で目を合わせて微笑む。

ギシギシと不馴れな動きでステップを踏むペアもいる中で、その2人は比較的慣れた様子でステップを踏んでいた。ダンス歴の長いベテランなのかもしれない。

おそらく夫婦ではなく、ダンス教室でペアを組んでいる相手なんだろうな。曲の合間に会話する2人の距離感から、そう感じた。

そのペアを“推し”と定めてずっと眺めているうちに、なんだか愛着が湧いてきた。「どんな人なんだろう」「どんな経緯でここに来ているのかな」と、ムクムクと妄想がふくらんでいく。

女性のほう……仮に、貴子さんと呼ぶことにしよう。貴子さん(仮名)は、熱海に生まれ、熱海で育った。学生時代、そして社会人になってからもずっと静岡県内で過ごし、地元の地銀で働いていた時に24歳で職場結婚。その後退職し、2人の男の子をもうける。自分のことは後回しで子育てに奔走。3年前に長男が地元静岡の企業に就職を決め、今年の4月には、次男が東京の企業に就職。2人の息子は実家を離れ、社会人としてのスタートを切った。

子育てを終えほっと一息つくも、自由な時間が増えるとともに、空白感が押し寄せる。夫は、定年後も嘱託として引き続き地銀に勤めている。なんだかんだで、仕事が好きみたい。自分も何か、新たなやりがいを見つけたい。そう思い、社交ダンスを習い始めて、もう10年以上になる。週に一度、地元のホテルで開催されるダンスパーティーに参加するのが楽しみ。普段はほとんどスッピンに楽な服装で過ごしているけれど、この日だけは念入りにお化粧をして、髪をふわりと結い上げて、ピンヒールを履く。

「オバさんが何を張り切って、と笑われたって関係ないの。いくつになっても綺麗な格好をして、人目に触れると、気持ちが華やぐものなのよ」

そう言って貴子さん(仮名)は今日もおめかしをして、このダンスホールにやって来た……のかもしれない。

ペアの男性は、恒義さん(もちろん仮名)。元は神奈川に住んでいたが、仕事の都合で38歳のときに静岡へやって来た。1人娘はすでに成人し、来年の春に結婚も決まっている。恒義さん(仮名)が社交ダンスを習い始めたのは、運動不足解消のため。貴子さん(仮名)とは、熱海のダンススクールで出会った。ペアを組んで、4年目になる。

「いい運動になりますよ、社交ダンス。あと単純に、着飾った女性と手を取り合って踊るというのは、何だか若返るような気持ちにもなりますよね。いやいや、別に下心はありませんよ?」

そして恒義さん(仮名)は、今日もダンスホールで軽やかにステップを踏む。

……と、そんな経緯でこの2人はここにいるのかもしれない。知らないけど。

ひとしきり妄想を満喫したあと、我に返ってフロアをぐるりと見渡した。
フロアの男女たちは、ニコニコしながら楽しそうにステップを踏んでいた。ステージの上に並ぶ初老のバンドメンバーも、ノリノリで演奏している。

その日は平日の夜だったから、皆おそらく熱海に住んでいる人たちなんだろう。代々熱海で生まれ育った人もいれば、ほかの地域から移り住んできた人もいるかもしれない。幼少期、学生時代、社会人になってからと、どんなふうに時を過ごしてきたのだろうか。

推しペアの貴子さん(仮名)と恒義さん(仮名)や、向こうで紫のゴージャスな衣装を身にまとって踊る澄代さん(仮名)とそのペアの幸雄さん(仮名)、上下黒の練習着みたいなラフな服装でダンスを楽しむ順子さん(仮名)にペアの正志さん(仮名)、そろそろ名前を考えるのが面倒だからやめるけど、つまり言いたいのは、ここで踊る名も知らぬ数十名の男女には当然それぞれに名前があって、色々な人生を歩んできたんだろうということだ。

ふと、ホテルに向かうときに見た、さびれた商店街を思い出した。今は食堂として使われている立派なホールや、昭和のゲーム機がそろう、誰もいないゲームコーナーのことも。

目の前で楽しそうにステップを踏む人たちを、再び見つめる。

昭和の香りが残るダンスホールで、着飾ってくるくると舞う人々は皆、足りないものなど一つもないような、満ち足りた表情をしていた。

熱海の地で小さく閉ざされ、完結した世界。

ここには、最先端のものはない。でも、これでいいのかもしれない。こっちがむしろ、正しいのかもしれない。

うらやましい。自然とそんな気持ちが湧き上がる。

自分をすり減らし、足りないものを求め続ける私よりも、彼らはずっと豊かに生きているように見えた。

・・・

冒頭で、「どこでもいいから旅に出たかった」と書いたのは、限界を迎えそうになっていたから。どこでもいいから出かけて、気晴らしをしたかった。

「もっと高みを目指さなければ」「もっと多くのものを得なければ」と、息をつく間もないほどに走り続けるような生き方を、20代のうちはずっとしてきた。エネルギーを使い果たしてパタリと倒れ、回復したらまた走り出す。人と自分を比べては落ち込み、自分に足りないものを数えては、「まだまだ、もっと」と自らを追い込む。

30歳を超えて少しはマシになったのだけど、つい「まだまだ、もっと」とハードモードになってしまうことがある。どうしてだろう? とずっと思っていた。

以前、地方出身の知人から「東京は高みを目指す人が集まる場所だから、地方よりもレベルの高いものに触れられる機会が多くて、すごく得だなと思う」という話を聞いた。

私は東京出身なので、その時はいまいちピンと来なかった。でも、熱海でくるくると幸せそうに踊る人たちを見て、「あの話、もしかしたら」と感じるところがあった。

レベルが高いものに直に触れる機会が多ければ多いほど、自分の中の物差しの上限はグンと伸びる。たとえば音楽を志すとして、軽音楽部の上手な先輩の演奏だけを聞いている人と、プロのミュージシャンの演奏を聞いたことがある人だったら、そもそもの目標設定の段階で差が出るだろう。

技術は自分の努力次第でどこでも磨ける。けれど、「東京はあらゆる分野のトップの人が集まる場所だから、自然と目標を高く持つことができる」その人はそう語った。

私は下町の生まれだが比較的都心で育ち、社会人になってからも東京でずっと生きてきた。もしかしたら「もっと高みを目指すべきである」という考えが、無意識のうちに自分の中に染み込んでいたのかもしれない。東京で生まれ育ったから、「それが当たり前のことだ」と思っていただけで。もちろん、東京出身の人が全員そうだという訳ではないけれど。

努力しなければいけない。何者かにならなければいけない。成長しなければならない。個人の幸せより社会的意義を優先すべきで、辛くても我慢しなければいけない。無駄を排除して、効率的に成果を出さなければいけない。より良い場所を、目指し続けねばならない。

「高みを目指すのは当たり前のことで、そうしないのは怠慢である」とすら考えていた。自分に足りないものを常に探していて、それを得たとしても、満たされなかった。これらをすべて、無意識にやっていた。

あぁ、なんて息苦しい価値観の中に、ずっといたのだろう。
「より良い場所」なんて、別に目指さなくてもよかったのに。

ダンスホールでゆるやかに踊る男女は、疲れたら曲の途中でも休みに行っていた。踊らずに、ずっとおしゃべりしている人もいた。

「こうしなければいけない」なんてものは、本当はひとつもないんだろう。自分がそう思い込んでいるだけで。

・・・

翌朝、チェックアウトを済ませてから、熱海駅付近を散策した。

駅周辺の商店街を眺めると、インスタ映えしそうなおしゃれなお店がちらほらあるのに気づいた。タピオカにプリン、シュークリーム、おしゃれなカフェも。数年前にも熱海に来たことはあったが、その時はなかったはず。

熱海に訪れる観光客の年齢は60代以降が圧倒的に多いそうだ。でも見たところ、インスタ映えスイーツのお店の平均年齢は、20代前半だろう。若い子たちが集い、かわいらしいスイーツとともに自撮りをキメていた。

熱海の観光客数は、バブル崩壊を機に減少の一途をたどっていたが、数年前から再開発を進めていて、徐々に観光客数が回復傾向にあるそうだ。

再開発にあたり熱海市は、2013年に「意外と熱海」というプロジェクトを立ち上げている。「来てみたら、意外と熱海っていいね」から、「やっぱり熱海っていいね」を目指すため、熱海の魅力をプロモーションしているよう。

とはいえ、おしゃれスポットはまだ少数で、多くは昭和レトロな雰囲気漂う老舗のお店だ。

でも、数十年後には、もしかしたらおしゃれなお店のほうが多くなっているかも。

あのホテルで夜な夜な開催されているダンスパーティーも、いつかはなくなるかもしれない。

それでも、あそこで踊っていた人々はきっと、別の楽しみを見出すことができるんだろう。なんとなく、そう思った。

とりあえずで選んだ旅先だったけど、意外とよかったな、熱海。

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中村 英里

浅草出身のフリーライター。街歩き記事やインタビュー、エッセイを執筆|イラスト、写真、読書、純喫茶めぐりが好き|おさんぽWebマガジン「てくてくレトロ」運営→https://tekutekuretro.life |Web Site→https://2erire7.com/

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