「ブログ書いてる暇あったら原稿書け」って自分に対して思ってたけど

私は「てくてくレトロ」というメディアをひっそりと運営している。

"レトロ"を切り口としたおでかけ情報を書いていくメディアで、純喫茶やアンティークショップ、鎌倉さんぽの記事などを書いている。広告も貼っていないしアフィリエイト記事も書いていないので、メディアからの収益はとくにない。ただ単に好きだから作った。イラストを描くのが好きで、レトロなものが好きで、おさんぽが好きで。それらを詰め込んだ自分の庭が欲しかったのだ。

冒頭に「ひっそりと」とわざわざ書いたのは、「メディアを運営してます!」と高らかに宣言できるほどちゃんと運営していないからだ。去年のGWに立ち上げたのでもうすぐ1年たつというのに15記事しかない、という驚きの少なさ。月刊誌に毛が生えたくらいの更新度だし、月刊誌ほど情報モリモリではないからもう少し更新できるだろ、と自分でも思う。

好きなことを後回しにしがちなのは私の悪い癖だ。やりたいことよりも、求められていること、やるべきことを優先する。自分で生み出すよりも求められる仕事をするほうが格段にラクだしお金になりやすい。だから、お金にならない「てくてくレトロ」より目の前の仕事を優先した。「てくてくレトロ」だけじゃない、noteだってそうだ。「エッセイを書く仕事ができたらなぁ」と言いながらたいして書けていない。

時間ができたら、この原稿が終わったら。そう言いながらまた次の仕事にうつる。これじゃダメだと思って、仕事を少し減らしてみたりもした。でも結局、時間ができてもやらなかった。何でやらなかったのか? 色々考えてみたけど、一番の理由は「noteやてくてくは仕事ではない」と思っていることなんじゃないか? という考えに行き着いた。仕事じゃないものに多くの時間をさくことに、罪悪感のようなものを感じていたのだ。

「仕事」って何だろう? と最近よく考える。会社員の時は、朝9時とか10時に出社してその日が終わるまでが「仕事」で、その時間にやったことに対してお金をもらっていた。
フリーランスの場合は時間でお給料が発生するわけではない。文章を書くのが好きでライターになった私にとっては、時間どころか仕事と趣味の境目も曖昧だ。でも「(そんなに好きじゃないけど)仕事と割り切って受けているもの」と「好きでやっているもの」には分かれる。前者は会社員のときの「仕事」の感覚と近い。だからきっと「noteやてくてくは仕事ではない」と思うのだろう。

でも、本当に仕事じゃないんだろうか。「ブログ書いてる暇あったら原稿書け」ってTwitterか何かで見たことあるけど(自分が言われたことはない)、そこ違和感を感じるのも事実。

先日、「書くことが好きだからこそお金に向き合わないと」というnoteを書いた。書くことを続けるためにも、対価ありきの労働で生活を成り立たせることも必要だ、という思いから書いたものだ。でも、対価がもらえる=価値を提供できるのは、すでに自分に備わっている能力を使える場合だ。未経験の仕事をしたいと思ったとき、いきなりお金がもらえるケースはまれなんじゃないか。20代前半なら「未経験だけどやる気があります!」でも通用するかもしれないけど、30代になったらそれは通用しない。
じゃあ30をすぎたら新しいことはできないのか……って、そうは思わない。でも、やり方を変える必要がある。

昨日とあるおでかけメディアのライター募集に応募した。「ここで書けたらいいな」とずっと思っていたメディアだったから、鼻息荒くて暑苦しい感じの応募文を1日がかりでしたためて、文章を推敲して推敲して推敲して推敲して、昨日の夜中に送信ボタンを押した。

応募時には「てくてくレトロ」で書いた記事を執筆実績として送った。メディアを作った理由のひとつは、お出かけ情報が載っている雑誌やメディアが好きでそこに携わる仕事をしたいと思っていたので、応募するときのポートフォリオにできるんじゃないか、という思いがあったからだ。
「ずっとおでかけメディアで記事を書きたいと思っていました」「未経験だけどやる気はあります」なんて、口ではいくらでも言える。自分でサイトを立ち上げて記事も書いています、と言ったほうが本気度が示せるかなと思った。でも応募文を作っているとき「あぁ、もっとちゃんと記事を書いておけばよかった」と後悔した。1年で15記事って少なすぎるだろーよ。これじゃ全然本気度が伝わらないよ。

「お金にならないものは後回しにしよう」という考えは、すでにやりたいことでお金をもらえている場合ならアリだけど、まだその段階じゃない人(わたし!)は改めないとだめだな、と。私のやりたいことは「文章を書いて生計を立てること」で、広義で言えばそれは達成できているけれど、ドンピシャ「書きたいもの」を書けているかと聞かれればそれはNOだ。そこを追求し続けるにしてもやはり生きるためのお金は必要で、広義の「やりたいこと」に含まれる仕事で稼ぐのは間違っちゃいないけど、それがメインになったらダメなんだよなぁ。

「ブログ書いてる暇あったら原稿書け」に違和感を感じたのも、ブログ書く=遊んでるってことなの? って思ったからだろう。まぁ締め切りぶっちぎってるのにブログ更新してたら「アレ?」ってなるよね、とも思うけど。noteも「てくてくレトロ」もはたから見たらブログで、遊んでいるように見えるのかもしれない。締め切りぶっちぎってる原稿はないけど、このnoteを読んで「note書く暇あったら原稿早めに出せるやん」って思われるかもしれない。

でも「そう思われるかも」って思うのは、「ブログ書いてる暇あったら原稿書け」に違和感を感じる一方で、自分自身が「ブログ書く=遊んでる」って思って後ろめたさを感じる部分もあったからだ。
「対価のある仕事」じゃないものに時間をさくのが後ろめたいと思うのを、まずやめたほうがいい。「遊ぶのはよくないこと」と思うのも変なのかもしれない。私にとってブログに文章をつづるのはただの遊びじゃなくて、「未来のやりたいことを叶えるための本気の遊び」だ。そしてこの遊びが近い将来仕事につながることを願っている。

今回応募したメディアに受かるかどうかはわからないけど、望む未来を叶えるために、日々言葉を積み上げていこうと思う。


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中村 英里

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