ある日、SNSアカウントを全削除したあの人のことを知って

「そういえばあの人、最近何してるんだろう?」
ある人のことを思い出し、気になって名前をググって公式サイトを見てみたら、TwitterもFacebookもブログも何もかも、アカウントごとなくなっていた。

ノマドの先駆けと言われ、個人が実名でSNSをやっているのがまだ珍しかった頃からSNSを使って活躍されていたその人は、TVなど多数メディアにも出演していた。
著書も持っているし、講演会に行ったこともある。SNSもフォローしていた。なのに、アカウントがなくなっていたことに、気づかなかった。

いつの間に……? と思って検索を続けたら、「ブームが去って消えた」なんていうネットの書き込みが出てきた。失礼だな、と思いつつ私も「何か嫌なことがあって活動をやめてしまったのかもしれない」と思った。
だが、よくよく調べてみたら、以前と変わらずお仕事をされているようだった。SNSがなくなっただけで「やめたのかな」なんて勝手に思った私も、ネットの書き込みと同じくらい失礼だった。

そこでふと、「SNSのアカウントがなくなる=消えた」って思うのは、なんか変だな、と思った。まるで、SNSそのものが本体になっているみたい。

SNSにはその人の一部分が、140文字とか、写真とか、色々な形で切り取られて載せられている。SNSでアクティブな人の投稿を追っていると、何となく会ったこともないその人のことを深く理解したつもりになってしまう。でも本来は、見えない部分の方が大きいはずで。SNSに散らばったかけらを集めてつなぎ合わせて、足りない部分を想像で補って「その人」の像を頭の中で勝手に作っているだけなのだ。

それなのにいつしか、SNSそのものが「その人」のような気がしていて、更新が途絶えていると「あれ、どうしたのかな?」と気になってしまったり、アカウントが消えていたりすると「何かあったのかも」と心配になってしまったりする。
他人に対してそう思っていたし、自分に対しても、「SNSで仕事のことを発信していないと、仕事していないって思われるかも」なんて思っていた。最近あまりSNSを更新していないので、「あれ、中村最近見ないな」って思っている人もいるかもしれない。実際の私は毎日元気に生きていて、ぼちぼち仕事もしているんだけど。

フリーランスになって、何のツテもない中でライター業を始めた。その中で、Twitter経由で仕事をもらうことも少なくなかった。それもあって余計「発信活動」「フォロワーを増やさないと」なんて思っていた。「ごはんなう」とか無意味に呟かなくなったし、ニュース記事をシェアしてそれっぽい意見を述べたりもするようになった。
お仕事モードのよそゆきの「私」をキープして、息してます、仕事もしてますよ……とアピールをして。そっちが「私そのもの」のような錯覚にすら陥っていた。

でも次第に、違和感を覚えるようになって、飽きていった。今は、書いた記事のお知らせ投稿をするくらいで、スマホにアプリも入れていない。

SNSから離れることで、逃しているチャンスもあるだろう。でも、SNSで取れる仕事もある一方で、SNSで取れない仕事もある。ネット界隈で活躍するフリーランスの人が多いから、そちら側の情報の方が多く入ってくるけど、「SNSを活用して仕事を得る」というのはひとつの方法に過ぎなくて、別の方法もあるんじゃないか。レッドオーシャン・ブルーオーシャンとよく言うけど、みんながやってるSNSの中で差別化を図ろうとするのは、真っ赤な海に突っ込んでいるようなものなんじゃ……?

SNSがなかった時代には、みんなどんな風に仕事を取っていたんだろう、と最近よく考える。SNSで容易に繋がることができ、ツテがなくても仕事が取りやすくなった時代だからこそ、その輪から外れたところに「何か」がある気がしてならない。「何か」が何なのかは、まだわからない。多分そっち側に行かないと見えないんだろう。

冒頭のSNSアカウントを全て消した著名人というのは、安藤美冬さんだ。schooの動画で、SNSをすべてやめた理由について、「みんながSNSをやる時代になった今、SNSのない世界を生きてみようと思った」 と語っている。

▼動画の書き起こし記事(動画自体もschooで無料で見れます)

SNSをやっていない友人が何人かいる。もともとやっていなかった人も、やめた人もいる。彼らは、どんな風に毎日を過ごしているんだろう。私は膨大な時間をSNSに費やしてきたけど、SNSもスマホもない時代には、どんな風に過ごしていたんだっけ? ここ数年で、1日でもSNSを見ない日はあっただろうか。「情報収集」と称してあらゆる情報を浴びてきたけど、それらは私の血肉になっていると言えるのか。

「くだらない時間を使ってしまった」とは思っていない。大げさでなく、SNSで私の世界は広がった。SNS繋がりでできた友人とは今も会うことがあるし、SNSがきっかけで転職もした。フリーランスという選択肢を「アリかも」と思えたのも、個人で仕事をしている人とSNS経由で知り合うことができたから。たいしてフォロワーが多くない私がそうなんだから、フォロワーが多い人たちはもっと大きな影響を受けているんだろう。

ただ、「広く浅く(稀に深く)」で身の回りの世界を広げていく、というのを何周も回していく中で、「飽きたから違う場所を見たいな」という気持ちが出てきたのだ。同じ軸でぐるぐるサイクルを回していくというのは、見える場所は広がるけど、結局ずっと同じ場所にいるということだから。

アカウントごといきなり消しはしないけど、前ほどアクティブに使うことはないだろうな。軸は自分の中にあれば良くて、ずっと同じ場所にいる必要もない。利用はするけど、縛られたくはない。「消えた」と思われても、まぁいいか。
今この文章を書いている、生身の私が本体なんだから。私自身が心地よく生きていければそれでもう充分。

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中村 英里

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