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惰性で続く関係は、本当に「必要」か

もうとっくに気持ちが離れているのは気づいている。でも、なんだかんだ、惰性で関係が続いてしまっている。

朝目が覚めてすぐ、そして夜に寝る直前まで。通知が来ていないかな、とスマホを頻繁にチェックする。

時間の無駄だとわかっている。何も得るものはないし、心がすり減るようなことも最近は多いのだけど、無意識のうちにタイムラインを追っている自分に気づく。

そう、これはツイッターの話。

以前よりはマシになったけど、もう本当にずーっとずーーーーっとずーーーーーーーーーーーーっと、ツイッターを見まくっていた時期があった。
いや、今だってだいぶ見ている。仕事中とかごはんを食べ終わってソファーでくつろいでるときとか、ふと気づくとツイッターを開いてしまっていて、「あ、また開いちゃった」と思って閉じる、というのを繰り返している。

でも、ツイッターが楽しくて見ているわけではない。正直、ぜんぜん楽しくない。それはフォローしている人のつぶやきの内容がつまらないとかじゃなくて、欲しい情報よりも興味のない情報のほうが圧倒的に多く目に入ってくるからだ。リツイートは非表示にできるけど、いいねは非表示にできない。「誰?」って思う人のアイコンがタイムラインにぽこぽこ出てきて、あまり頻繁に出てくるときはフォローもしていないのにミュートすることもあった。(その人が不快な発言をしていたわけじゃなくて、「自分に関係ない」と思ったから見えないようにしたかった)
自分が人の投稿に「いいね」を押すときも、「私がいいねした投稿が、誰かのタイムラインに登場して邪魔に思われているかもしれない」と気にするようになった。

じゃあやめればいいのに、と自分でも思う。やめたいんだよね、ってけっこう前から言っているし。でも結局やめられずにいる。まるで、気持ちが冷めているのに、ずるずると付き合い続けている恋人みたいだ。もうとっくに飽きているのは自分でもわかっているけど、惰性で付き合っている感じ。

やめられない理由の1つに「仕事で必要だから」というのがある。フォロワーも少ないしアクティブに投稿しているわけではないから、ツイッターで知り合ってそこから仕事をもらう……というケースは少ないのだけど、リアルな場で会った人とツイッターでつながり、ゆるく関係性をつなげている中で仕事につながったケースはある。まわりのライターを見回しても、ツイッターをやっていない人はほとんどいない。

でも、どうしても「仕事で必要」なのかな? 本当に?? と、最近考えている。Web界隈のライターがたまたま周りに多いからそう感じているだけなんじゃないか、と。

「こういうの書きたいな」と思う文章を読んだとき、末尾に書かれているライターの名前をググって経歴やどんな媒体で書いているのかを調べることがある。著名な媒体で執筆していたり本を出していたりと、しっかりとした経歴の方が、ツイッターアカウントを見てみるとフォロワー数十人、なんてことはよくある。

「ライター」と一言で言ってもその中身は幅広い。私がいる領域ではツイッターをアクティブにやっている人が多くて、フォロワーが多いことが良しとされているけど、それがまったく意味のないこととされている領域もある。どちらが良い悪いではなく、事業ドメインによる違いみたいなものなんだろう。

私の知人に、ツイッターをはじめSNSの類をすべてアカウントごと削除した人がいる。その人は過去に本を数冊出版していて、そのころはSNSも使っていたけれど、今では個人サイトで淡々と記事をUPし続けている。広告も貼っていなければSEO対策もしていない。誰かに読まれることを意識しているというよりは、自身の考えをただひたすらに表現している。その姿勢がすごく潔い。純度の高い表現に触れたくて、ブックマークしたそのサイトをたまにのぞきに行く。

誰かに読まれることを目的としているのではなくて、衝動に突き動かされて書いているものを「純度の高い表現」と個人的に定義している。「純度の高い表現」は美しい。人目にさらされることをわかった上で書くのだから、結果として「人に読まれる」ことを見据えてはいるのだけど、「自分が書きたいから書いている」という前提、書き手のエゴが透けて見える文章に、やはり魅力を感じる。自分もそういうものを書いていきたい。

そう思ったとき、やっぱりツイッターは今の自分には合わないな……と感じてしまった。人によって感じ方は違うかもしれないが、私にとっては、あらゆるSNSの中でも「見られている感」をより強く感じるのがツイッターだ。ちょっとしたことをつぶやくにしても、無意識のうちに「読まれること」を前提としてしまう。「こんなことを書いたらウケがいいかな」なんて考えてしまう。だから、最近つぶやくのはもっぱら掲載のお知らせやブログの更新情報だ。ほとんど、お知らせBOTのようなアカウントになっている。しばらくは続けるけれど、そのうちアカウントを削除しようかな、とも思っている。

かつてどんなに好きだったとしても、自分の価値観が変われば考えが合わなくなって、別れることもあるのと同じように。「こうあるべきだ」なんて固執する必要はない。もっと頭をやわらかく、もっと身軽に。

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中村 英里

浅草出身のフリーライター。街歩き記事やインタビュー、エッセイを執筆|イラスト、写真、読書、純喫茶めぐりが好き|おさんぽWebマガジン「てくてくレトロ」運営→https://tekutekuretro.life |Web Site→https://2erire7.com/

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