「好きだからこそお金に向き合おう」と決めた日のこと

「プレゼント用ですか?」

店員さんの言葉に「はい」と答えながら、時計を確認する。
まだ11時。待ち合わせは11時20分だから、大丈夫。店内にある試飲用のハーブティーをのんびり飲みながら、ラッピングが仕上がるのを待つ。

その日は会社員時代の先輩とランチに行く約束をしていた。少し前まで体調を崩していたという話を聞いたので、体に効きそうなハーブティーを探しにお店へ。店頭にあった『メディカルハーブ辞典』で該当するハーブを探して、お湯や水で割って飲むシロップタイプのものを購入した。

駅で先輩と合流してお店に向かう。連絡はちょこちょこ取り合っているけど、会うのは今年に入って初めて。フランス映画に出てきそうな内装のおしゃれなカフェで、美味しくて見た目も綺麗で量が少なめのランチ(決してディスってはいないけど、ちょっと足りなかった……)を食べながら、近況報告をした。

先輩は旦那さんと一緒に会社をやっている。ライティングを請け負うこともあり、自分でも書くしライターさんに発注することもあるそう。先輩の会社はSEO対策記事がメインで、私はインタビュー記事中心。同じライターでもジャンルが違うと知らないことも多くて、お互いの仕事について話すと色々な発見があって面白い。話の流れで原稿料の話題になった。

ライターの原稿料には明確な基準がない。メディアによって違うし、同じメディアでもライターによって違うこともある。さらに言うと、提示された原稿料だけで高い・安いとも一概には言えない。たとえば1本3万の原稿料だとして、文字数や下調べの量、企画やアポ取りも含まれているかどうか……などによって、かかる工数が変わってくるからだ。

ライターを始めたばかりのときは1本書くのにどのくらい工数がかかるのかもわからなかったから、「この金額でお願いします」と言われても、高いのか安いのか判断がつかなかった。いくつかのメディアで仕事を受けるようになり、「こういう記事なら工数はこのくらいかかる」と算段が立てられるようになり、少しずつ自分の中の基準ができてきた。

ここ最近、お仕事募集ページをちまちま作っている。目下悩んでいるのは、原稿料を明記するかどうか。参考にするためにいくつかライターさんのお仕事募集ページをのぞいたら、明記している人もいればそうでない人もいる。「この人こんなにもらってるんだ」と思う人もいれば、「この人ならもっと高く設定してもいいんじゃないの?」と思う人もいた。
それぞれの基準で決めているわけだから、高い安いと他人が口を挟むものでもないだろう。でも、私よりも経歴が長い人がこの金額でやっているのに、自分がこの金額を提示してもいいんだろうか……と悩む部分もある。自分の仕事に自分で値段をつけるのは、本当に難しい。

昔から文章を書くのが好きだった。好きだからこそ仕事にするのが怖くて「仕事にしなくても趣味で書けばいいじゃん」と自分に言い聞かせていた。でも「書くことが好きで、それを仕事にしたい」という気持ちをどうしてもないものにできなかった。どうしてほかの仕事じゃダメなのか自分でもわからない。「目玉焼きには醤油をかけるのが好き」と同じ程度に、ただ「好き」というだけで深い理由はないんだと思う。

最初はとにかく実績を作りたかったから、原稿料がいくらあっても仕事を受けてきた。経験が浅くて実力が伴わないうちは、それが当然だとも思っていた。実力がない=価値が低いものを高く買わせるのは、騙しているのと同じことだから。
仕事として文章を書く難しさにぶち当たることは数えきれないほどあったけど、理屈抜きに「好き」と思えるものを仕事にできることの喜びは想像以上だった。ほとんど未経験のような自分に執筆の機会をくれた人たちには感謝しかない。

でも、少しずつ経験を積み上げて新しいお仕事もお声がけいただけるようになってきた私は、原稿料を気にし始めてしまった。書かせてもらえるなら、好きなことを仕事にできるならいくらでもいい……と思っていた殊勝な私はどこへやら。
もちろん、内容によっては「タダでも受けたい!」と思う仕事だってある。でも、ある程度は稼ぐことに向き合わないと、続けられないのだ。私は体力があるほうではないので、数をこなすようなパワープレイは難しい。少しずつでも単価を上げていかないと自分が苦しくなってしまう。

「『好きなことなら稼げなくてもいい』じゃ続かないんだよね、結局」
先輩と2人、ランチを終えて食後のコーヒーを飲みながら、そんな話をする。

「好きなことなら稼げなくてもいい」は、必ずしも間違いだとは思っていない。「ライスワーク(生活のための仕事)」と「ライフワーク(好きなこと)」という言葉があるけど、それらを分けるかどうかで「好きなことなら稼げなくてもいい」かどうかは決まるから。

ライフワークとして好きなことができればいいのであれば、稼げなくてもいい場合もあるだろう。私はイラストを描くのが好きで、お金になったらもちろん嬉しいけど、イラストで生活費を賄えるほど稼ぎたいとは思っていない。たまに「仕事にしないのは本気で好きじゃないからだ」と鼻息荒く語る人もいるけど、本気度と仕事にするかどうかは別の話なんじゃないかなと思う。

一方で「文章を書くこと」は、今の私にとってライスワークでもありライフワークでもある。好きなことなら稼げなくてもいい、というわけにはいかない。
安いから手を抜く、ということは決してない。手を抜けないからこそ、安いと感じる仕事を受けられないことがある。現状は記事単価のお仕事が中心だから、1本の単価はそのまま生活費に影響する。書きたい度合いや工数が同じくらいであれば、単価が高いものを優先したい。

「お金が欲しい」って、がめつい感じがして言いにくい。生活が厳しくなるから単価が高いほうを選ぶなんて薄情な奴だと思われそうだし、好きなことにお金の話を持ち込むのって、好きな気持ちが純粋じゃないみたいな、そんなイメージがあった。

でも好きだからこそ、お金に向きあうことが必要なんじゃないかと思う。自分も相手も納得のいく金額で、仕事を受ける。その上で、金額以上のパフォーマンスを出そうという気持ちで仕事をすれば実力も上がっていくし、自ずと単価も上がっていくんじゃないだろうか。そんな保証はどこにもないけど、少なくとも私はそう信じて日々の仕事に向き合っている。

「あ、そうだ! 忘れてた!」

そろそろお店を出ようかというタイミングで、先輩がお土産にとお菓子をくれた。私もさっき買ったハーブシロップを渡したら、「わーーーこういうの好きなの! 今飲んでるやつがちょうどなくなったところで!」と喜んでくれた。シロップが好きかどうかは知らなかったけど、たまたま好みに合ったみたいでよかった、とホッとした。

ランチのお会計を終えて外に出たら、上着がいらないくらいのぽかぽか陽気。「近くにおいしいパン屋さんがあるから寄りたい」と言う先輩と一緒にのんびりお店まで歩く。途中でふと、「"幸せはお金では買えない"って言うけど、自分で稼いだお金で好きなものを食べたりプレゼントを買ったりできるのは、幸せなことなんじゃないの」と思った。

先輩は家族へのお土産に買ったふわふわの食パンと、私からのお土産のシロップを抱えてうれしそうに帰っていった。

そして--

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中村 英里

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