おばあちゃんの桜のしおり #土屋鞄の絵本コンテスト

ストーリー

(このお話は、実話をベースにしたフィクションです)

私のかつての家は、川沿いの公園のすぐそばにあった。
桜の名所として有名なその公園には、長く続く歩道の両脇に桜が植えられている。たっぷり花をつけた桜が道に沿ってずっと続いていくのは、それは見事な眺めで、ふわりと風が吹くたびに桜が舞い散る様も美しかった。
小さいころはよく祖母と散歩に行って、落ちてくる花びらを空中で捉えようと追いかけたり、落ちている桜の花を拾ったりしていた。

持ち帰った桜の花は、ガラスの器に浮かべて飾っていたけど、何日かたつと茶色くなってしまう。綺麗なうすピンクの可愛い花がしぼむのが悲しくて半ベソをかいていた私を見て、祖母は「そしたら、押し花を作りましょう」と言った。

桜の花をティッシュの上に並べて、その上にティッシュを重ね、辞書の真ん中に挟む。何日か経ち、そっと辞書を開くと、可愛い桜の押し花ができあがっていた。

「こうすれば、ずっと楽しめるでしょ?」

祖母は桜の押し花でしおりを作ってくれた。初めての押し花に感動した私は、それから色々な花で押し花を作るようになった。桜の時期には毎年必ず、祖母と一緒に桜のしおりを作った。

いつ頃からか、はっきりとは覚えていない。
祖母は、わがままを言うようになり、怒りっぽくなり、ごはんを食べたことを忘れてしまうようになった。

まだ幼かったので、細かいことは覚えていない。ひとつ強烈に記憶に残っているのは、私へのおこづかいとして、1万円を母に渡そうとしている場面。「こんなに沢山いただけません」と断ろうとする母に向かって、「私からのお金は受け取りたくないって言うの?!」と大声で怒鳴っていた。

どうやら感情的になってしまっていたのは認知症のせいだったようだ……とわかったのは、大人になってから。当時はそんなことはわからなくて、優しかった祖母が変わっていくのが怖かった。私のことで喧嘩をしているのを見るのは悲しかった。言い合う二人の前で泣いてはいけないような気がして、こっそり洗面所に隠れて泣いた。

しばらくして祖母は施設に入り、両親や親戚が交代で介護にあたっていた。私はずっとお見舞いに行くこともないまま、大学を卒業し、社会人になり、結婚した。子どもも産まれ、家庭のことや仕事のことで毎日が目まぐるしく過ぎ去っていく。祖母のことなんてすっかり忘れていた。
久しぶりに会うことになったのは、そこから20年ほど後。「今夜が峠でしょう」という医師からの連絡があった時だった。

娘を夫に預け、実家の近くの病院へ急いで向かった。
20年以上ぶりに会った祖母は、体から透明なチューブがたくさん伸びていて、シワシワで小さかった。風邪が悪化して肺炎になったそうで、元々体力が衰えていたのでもうもたないかもしれない、と医師は言った。

「おばあちゃん?」

声を掛けると口元がもぐもぐと動いた。まるで赤ちゃんみたい。認知症がだいぶ進行していたこともあり、会話が出来ないことはわかっていたけど、少しショックだった。私だとわかっているんだろうか。それとも、単に声を掛けられたことに反応しているだけで、私のことなんてすっかり忘れてしまった?

その日の夜はなんとか持ちこたえたが、数週間がたったあと病院で静かに息を引き取った。予期せぬタイミングだったこともあり、仕事を抜けることができず私は立ち会うことができなかった。

知らせを聞いて「さみしい」とも「悲しい」とも一致しない、心の一部がひゅっと引っこ抜かれて寒くなるような、何とも言えない感覚におちいった。でも、涙は出なかった。ろくにお見舞いにも行かず、死に目にも立ち会えなかった自分。心のどこかで「泣いてはいけない」と思っていたのかもしれない。

葬儀の日、小さな棺に収まった祖母に手を合わせた。口元がもぐもぐと動き出しそうな気がして見つめたけど、やっぱり動くことはなかった。

ずっと会っていなかった人が亡くなったとしても、生きている間に会っていなかったのだから、亡くなった後の私の日常が大きく変わることはない。なのにどうしてこんな気持ちになるんだろう。
生きていれば「会おうと思えば会える」から? でも、私は祖母に会おうとしてこなかった。家庭や仕事や、日々の瑣末なことを言い訳にして。
命に限りがあることは分かっていたのに、どうして「いつでも会える」と思ってしまったんだろう。のんびりしている内に、祖母に永遠に会えなくなってしまった。

火葬場から昇る煙が、青空に溶けて消えていく。その様子を目に焼き付けようと、じっと見つめていた。

母と二人で祖母の遺品を整理していた時、紐でくくられた書類の束の中から、ひらりと小さな紙が舞い落ちた。拾い上げると、それは桜の押し花でつくったしおりだった。
途端に、幼い頃の景色が鮮やかに目の前に広がった。川沿いの公園、満開の桜がずっと長く続く道で、くるくると舞い落ちる桜の花びらをつかもうとする私。その様子を目を細めて眺めている祖母。そして、持ち帰った花が枯れて泣いたあとに、押し花を作ってくれた日のことも。

ちゃぶ台の上で書類の紐をほどくと、何枚もの桜のしおりがはらはらと落ちてきた。

どうして、こんなに沢山?

言葉を失っていると、母が「あぁ、それね。毎年桜の時期になると必ず、おばあちゃんが作ってたのよ」と言った。

「毎年ずっと、作り続けてたの?」
「そう、ずっと。施設に入ったあとも」

母はしおりをちゃぶ台の上に並べて、少し微笑んだ。

「施設の近くに、桜の木がある小さな公園があってね。おばあちゃんは、春になると散歩に出かけるたびに、桜の花を拾ってしおりを作っていたの。最後のほうは寝たきりだったけど、体が動かなくなるまではずっと、毎年、作り続けてた」
「……私のこと、覚えてたのかな?」
「さぁ、どうだろうね? はっきりと覚えてはいなかったかもしれない。でも、嬉しそうに作ってたよ。すっかりボケちゃってたけど、心のどこかで覚えていたんじゃないかな」

堪えきれなくなり、涙が溢れてきた。
会いにいけばよかった。桜の時期に一緒に散歩に行って、桜のしおりを作ったらよかった。まったく顔を見せない孫のことを思い、毎年しおりを作り続ける祖母のことを考えたら、嬉しい気持ちと申し訳なさと後悔と、色々な感情がごちゃ混ぜになって涙が止まらなかった。

「おかあさん?」
別の部屋で遊んでいた娘がやって来て、不思議そうな顔で覗き込んできた。
「大丈夫、大丈夫だよ、大丈夫……」
娘に言っているのか自分に言っているのか、よくわからない「大丈夫」を繰り返しながら、大量の桜のしおりの上にそっと手を置いた。

「おかあさん見て!」

娘は、くるくると舞い落ちる桜の花びらを空中で捉えようとしていた。桜の時期に公園に来た時の、お気に入りの遊びだ。
上を見ながらふらふらと歩いてはパッと空中で手のひらを握る、というのをずっと繰り返しているが、ひとつも掴めていない。まるで桜に弄ばれているようだったが、一生懸命花びらを追いかける様子も、開いた手のひらに花びらがなくて落ち込む様子も可愛いらしかった。私も祖母からこんな風に見えていたのかな。ふと、そう思った。

「そろそろ帰ろうか」「まだ遊びたい!」「もう帰るよ」「やだ!」を何度か繰り返したあと、渋々帰ることを了承してこちらにやってきた娘は桜の花を両手の内に包んでいた。

「拾った! かわいいから持って帰る」
満足げに鼻を膨らませるその顔に、自分が重なって見えた。

「そしたら、押し花を作ってみる?」
「おしばな?」
「このまま置いておいたら、すぐに茶色くなっちゃうから。押し花にすれば、お花をきれいなまま取っておけるよ」
「ふーん?」

「押し花」がどんなものなのか、いまいちよく分かっていない様子の娘に、文庫本から桜のしおりを取り出して見せた。

「これがおしばな?」
「そう。これはね、ママのおばあちゃんが作ってくれたの。こうすれば、長く楽しめるでしょ?」
「かわいい、作ってみたい!」
「じゃあ、帰って一緒に作ろうか」

娘からしおりを受け取り、しばらく眺めた。

私はいつか、先にいなくなってしまうけど。
たまにしおりを見て、思い出してもらえたら嬉しいな。

「おかあさん、どしたの? 帰ろう」
「あ、うん、そうだね。ごめんごめん、ボーッとしてた」

しおりを本に挟み直して、娘の頭をなでる。嬉しそうに笑う娘の髪をふわりと暖かい風が揺らし、桜の花びらが舞った。

<終>

ストーリーについて

「長く大切にしたいもの」というテーマで真っ先に思い浮かんだのは、満開の桜の中、祖母と一緒に散歩をした思い出でした。

「忘れる」のは人の脳にとって必要なことだそうです。
脳の容量はとても小さいので、容量を増やすためにあえて記憶を消しています。一方で、脳のどこかには「忘れた記憶」も残っているらしく、何かしらのトリガーで呼び起こされるそう。

「物」は「物」以上でも以下でもありませんが、思いが詰まった「物」は、「長く大切に持っておきたい思い出」のトリガーになり得るのではないか、と思っています。

自分が長く大切にしたいものは何なのか。それを、本当に大切にできているのか。そんなことを改めて考えたいと思いながら書きました。

【補足】
・大人&ストーリー性がある文章をある程度理解できる年齢のお子さん向け、というイメージで書いています。
・実際の絵本にする際には、文章はもっと平易なものになるかと思います。

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中村 英里

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