働くことで自由になれた私は、仕事と日常をもっとシームレスにしたい #題名のない読書感想文

10代の頃は、目の前に見えているものが世界のすべてだと思っていた。
みんなと同じ制服を着て、毎日同じ時間に学校に行き、決まった時間に決まった授業を受ける。合う・合わないなどまったく考慮されず、ランダムに選ばれた30人ほどの集団のひとりとして1つの教室に押し込められ、そこにいる人たちと人間関係を築かなければならない。

窮屈だった。

本当は私は四角いのに、丸いところになんとか収まろうとして、体を無理に捻じ曲げて押し込むような、そんな感覚をずっと抱えていた。でも、当時はほかに世界はないと思っていたから、「みんなは窮屈そうじゃない、楽しそうにしているのに、どうして私はみんなと同じにできないんだろう」と、やるせない思いだった。

大学生になって、好きな服を着て、好きな授業を選べ、ほかの学部の友達とも自由に繋がることができるようになって、少し楽になった。

そして社会人になった。
働くことを通して、私は自由になっていった。

会社にいると、自分では選ばないような選択肢を取らざるを得ないことがある。普段だったら接することのないような人と、知り合う機会もある。自分の意思と異なる選択はストレスにもなり得るが、時に新しい世界を知るきっかけにもなる。

人ひとりに与えられている時間はとても少なくて、人生をフルに使っても、1つの図書館の本を全部読み尽くすことすら難しいだろう。だから、世界中のすべてのものを知り尽くす、なんて不可能ではあるけれど、「見えるものがすべてではない」ということがわかれば、視野におさまりきらない外側にも世界は広がっていて、少し動けばそこに行くこともできる、という希望にもなる。

窮屈な丸の中におさまろうとしていた四角い私は、働くことを通して、私のままの形でいられる世界もある、ということを知った。

この本には、様々な職業の人が登場する。その人たちの多くは、仕事と日常を完全に切り分けてはいない。「人生」という大きな枠の中に、仕事や日常にまつわる様々な要素が含まれていて、全ての要素について、境目が曖昧で、マーブル模様のように混ざり合っている状態。仕事と日常を完全に切り離したい人にとっては、「プライベートの時間にも仕事のことを考えてしまうなんて辛い」と思うのかもしれない。

でも、私は彼らの姿をとても自然なものだと感じた。あぁこんな生き方もあるのだ、という新たな発見とともに、まだ私の中に残っている、窮屈な感覚がひとつずつ外れていくような気持ちにもなった。

「ワーク・ライフ・バランス」という言葉にずっと違和感を感じていた。それはきっと、ワークとライフが完全に切り離されたような印象を受けるからだ。
私はいま、私が私の形のまま、自然な状態でいられる「働き方」を、模索している。まだはっきりとは見えていないけれど、おそらくそれは、日常と仕事がゆるやかに繋がっている状態なんじゃないかと思っている。それはまさに、この本のタイトルのような状態だ。

では、そんな風に働くには、どうすればいいのか?
この問いに対して、本には明確な答えは書かれていない。そりゃそうだ。正しさは人によって違うから、自分で考えていくしかない。

いろんな人の生き方を少しずつ覗くことができて、自分の考えを深めるきっかけになるような本だった。

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中村 英里

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