クリスマスを忘れた26日の街で

いつも季節ごとの飾りつけをしている近所のおうちを通りかかると、家の前でピカピカ光っていたスノーマンの置物やリースは撤去されていて、代わりにお正月の飾りが付いていた。

お花屋さんの前を通ると、軒先にあったポインセチアは中に引っ込められていて、門松なんぞがもう売られていた。

みんな、12月頭からたっぷりクリスマスを楽しむくせに、1日すぎるだけで手のひらを返したかのようにクリスマスを過去に追いやるのって、なんだか薄情だなぁと毎年思う。

26日の夜の街は、もうどこもキラキラしていない。
仕事をしようと馴染みのカフェに来てみたが、大きなクリスマスツリーは撤去されていた。

平日のカフェで談笑する人たちはみんな、年末の雰囲気をかもしだしている。
年内の仕事を納め、お茶しているサラリーマン。子どもと一緒に談笑するママ友集団。学校はもう冬休みに入っているんだろう。

薄情だ、と言いながらも、私自身クリスマスが終わると気分はすっかり来年にすっ飛んでいる。
体は今年にまだいるけれど、心はもう来年にいるような、そんな感覚。

仕事があっても、急ぎじゃなければ「まぁ来年でいいか」という気分になる。
なので、明日〆切の原稿をバチバチ書いているのが、心と体がちぐはぐなような、ものすごい違和感を感じる。

隣のママ友集団は、相変わらず楽しそうにおしゃべりしている。

このゆったりした空気感の中で殺気立って仕事をしている自分が惨めなような気持ちにもなるけど、仕事がないときは暇な自分を惨めに感じていたので、つくづく人間はわがままだなと思う。

「ないもの」が「ある」状態になること。その振り幅で幸せを感じるんだろう。

「クリスマス」のメインは25日じゃなくて、当日までの間、ツリーを飾ったりケーキを予約したりする時間で、「来年」のメインは、年末に「来年はどんなことがあるのかな」とワクワクしながらカレンダーや手帳を新調したりする時間なのかも。

あんまり先のことを考えすぎないで、近場に小さな目標をつくって、そこにたどり着くまでは楽しんで、通り過ぎたらさらっと忘れる。そのくらいがいいのかもね。

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中村 英里

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