「何をやってもいい」で戸惑う私は

仕事がたまってしまい、連日深夜までパソコンに向かう日々が続いている。夜に仕事をするのは効率が悪い、とわかっているけれど、終わらないものは終わらないのだ。

今日のところはひと段落、さて寝ようと思ったところでnoteを今書いている。早く寝たらいい、と思いながらも、仕事で散々書いているのは主に私の言葉ではなく「こう書くべき」が決まっているもので、何の制約もないただダラダラと垂れ流すようなものを書きたくて、とりあえずで手を動かしているのだ。

「フリーランス」だからといって、好きなことばかりを仕事にできているわけではない。「文章を書く」というのは大枠としてやりたいことではある、でもその中にあるそれぞれの仕事には、やりたい度合いのグラデーションがあって、自分の気持ちにぴったりはまる書きたいことを書けているわけではない。

贅沢な悩みなのだろう、だって様々な事情で、自由にやりたいことを求めることができない人だっている。だからと言って、じゃあ現状に満足せよと言われても、それはまた別の話なんだけれども。

じゃあ、私は自由なのかと言うと、まだ完全には自由になりきれていない。何をやってもいいと言われると、戸惑ってしまう。

与えられた課題を完璧にこなすのは簡単だ。罫線が引かれた紙を渡されて、手元には黒いボールペンしかなくて、「罫線に沿って文字を書きなさい」と言われてそのとおりにする。何も考えなくていい。

今は、まっさらな紙がそこにあって、クレヨンとか色鉛筆とか画材もたくさんあって、その紙に何をしてもいい状況。紙には文章を書いてもいいし絵を書いてもいいし、何なら紙を折って立体作品を作ってもいい。好きなことを、好きなようにやっていいのに、自由に戸惑い、「これはどうすればいいんですか?」と、つい誰かに問いかけたくなる。「こんなときどうすればいいんだっけ」とすぐにググってしまう。

でも、そんなの無駄だ。外に答えはなくて、自分の中を掘るしかない。何を書きたいのか、どう書きたいのか。そもそも自分が表現したいもの、目指す状態にとって文章が適切なのか、とか。

やるべきことで毎日が満たされていると、それなりに満足してしまうから。心をやわらかい状態に保って、自分の感覚には敏感でありたいね。

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中村 英里

浅草出身のフリーライター。街歩き記事やインタビュー、エッセイを執筆|イラスト、写真、読書、純喫茶めぐりが好き|おさんぽWebマガジン「てくてくレトロ」運営→https://tekutekuretro.life |Web Site→https://2erire7.com/

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