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居る、のこと

2018年12月末に約4年間働いていた職場を辞めた。同じ年の5月によし辞めよう、と決意した。
それから辞めるまでの7ヶ月間、せっせと貯金したり、求人サイトをひたすらスクロールしたり、やりたいことを書き出したりした。
残業が多く休日出勤も多い職場だったので疲れていたし、やりたいこともたくさんあって日々生きるのに必死だったから次の仕事のことは具体的には考えてなかった。休みをつくろうと、あえてすぐに次を決めようとも思っていなかった。

思い返せば中学生の頃から吹奏楽部の練習に毎日休まず行き、そのままのめりこんで高校も部活で選んだ。高校では中学よりもさらに厳しい練習だったけど必死でしがみついた。高3になっても部活の引退が卒業の2ヶ月前という受験生らしからぬ部活への打ち込みようだった。部活に一生懸命で他に目が向いていなかったわたしはセンター入試を受けたくないという理由で大学には目も向けず、職業になりそうな専門学校へ。同じ部活をやっていた友達は普通に受験して大学行ったりとかしてて不思議だった。あんなに毎日へとへとになるまで練習しててどこにそんなに勉強する暇があったんだろう。本当に尊敬する。わたしはひとつのことにしか集中できない種類の人間らしかった。なんやかんやで入った専門学校もこれまた厳しくて平日は朝から夕方まで毎日実習。国家検定にむけての練習で夜準備して朝いちから練習して休みの日も練習。休日にバイトもしてた時期もある。専門学校にも4年。真面目にやってたけど進級もあやうかった。ギリギリのところで無事卒業できた。専門学校で培った知識と技術をもってさぁ仕事するぞ!となって入った会社は入って1年目に2ヶ月ほぼ休みなしという苦行を経た。でもまぁこんなもんかと思って働いていたし、今までの部活やら専門学校やらで培ったど根性(ブラック精神ともいう)の範囲内だった。

ただ、あるとき初めて"イライラする"を知って精神にくるってこんなかんじか、と学んだ。イライラする、は気持ちの問題ではなくて身体的なものだった。制御できない感情というものがあるんだなという学びだった。そんなこと学ばなくてもいいとは思うんだけど。

長時間の勤務は別に耐えられるし業務内容は好きなことだった。けどこれをこれから長いこと続けていく自分のことはすきになれないなって思って辞める決意をした。あと単純に仕事以外のことにもちゃんと目を向けたかった。

これはわたしにとって結構長い「がんばる」「踏ん張る」「走り続ける」からの脱却だった。"一生続けられることってなんだろう"から逆算してたどり着いた仕事が結局続くものではなかった、続けたいと思うものではなかった。この道を進むと決めたわたしの計画の敗北でもある。でも今のわたしが敗北したってことではない。過去のわたしが敗北しただけ。

無職になるにあたって心配事もあった。なにしろ今まで絶え間なく動き続けてきたものだから、自分はのんびりに向いてないんじゃないのかと思ったり、無職は3ヶ月で飽きて限界がくる説が噂されていたものだから、自分も耐えられなくなるんじゃないかと思ってとりあえずやりたいことをたくさん書き溜めた。ぼーっとするのがつらくなってきた自分の居場所をつくるために。でもいま無職生活3ヶ月めの半ばだけどけっこうぼーっとしてるし、それがつらくなって"やりたいことリスト"をひらくこともない。わたしはわたしがおもってた以上にのんびりできる人間だった。1日ぼーっと過ごすことも多いけど不安になったりしないし、脳みそがゆるゆるになってる気もする。でもたまに本も読むし、手を動かしたりもしてる。

2019年の始まりの日とともに無職になり、お正月に実家に帰ってのんびりスタートだったからよかった。実家にいるときの全能感ってなんだろうな。よくわからないけどわたしは実家にいると全能感がある。ひとりで暮らすアパートにいると ちょっとなんかしようかなとか なんかしたほうがいいかな とか、おそらく何か自分を形作って証明するものが欲しくて色々やっちゃうんだと思う。けど、実家にいるとべつになにかしなくてもいいやって 生きるってなんだとか 考えなくてもよくて、なにも考えなくても時間がすぎていく。
東畑開人さんの「居るのはつらいよーケアとセラピーの覚書」を読んで、その中で語られた"居る"というものの価値を知った。人は気付かぬうちに人をケアしたりケアされたりしている。居るのはつらいよという状態を"イルツラ"と言っていて、イルツラであることでその場に居られなくなったり、居られずにむやみやたらに動き回ってしまったりする。
わたしにとって実家にいるということはイルツラから解放されるということで、これは結構ものすごい発見だった。
正月ののんびりも冷めやらぬまま自分の暮らすアパートに帰ってそのままの空気を持ち帰って無職生活をはじめたのがきっと良かった。
楽しいことはすきだしたくさんやりたいこともあるけど、別に意地になって全部やらなくてもいい。常に動き続けなくてもいい。
ケアは障害や病気の人のためのものではなく、すべての人の為のもので、それはすでにあちこちでなされている。ただ居るいうことを許される場所はあるだろうか。
実家、行きつけの喫茶店、見知った顔のいる居酒屋、好きな音のなるライブハウス、定期的に会う友だち、居場所を提供しているデイケア。
どこかに自分の居場所があるだろうか。
居場所があると感じる状態はケアされていることと同等で居場所があると人は安定する。

社会人になってから数年経って久しぶりに連絡が来た友だちと会って話したらマルチビジネスの話でがっかりしたという経験があるという話をたまに聞く。なぜ社会人になって数年の間にマルチビジネスにはまってしまう人が多いのか。これはあくまでわたしの推測だけれど、勤めるようになって自分のできることや給料が見えてきて将来に対する漠然とした不安を感じる時期がくる。そして同時に祖父や祖母が歳をとってきて死に向き合ったり、親がだんだん年取ってきたと実感したり、そういう時期に入ってくる。また、勤め先が実家から離れていてひとり暮らしをはじめたり、学生時代の友だちと少し疎遠になったりする。そういう不安や孤独を感じやすい時期にお金を増やすだとか、仲間が増えるだとかで勧誘を受け入れる人が増えてしまう。こういうときにひとつでも他に自分の居場所があって漠然とした不安なこととかを話せる場所があったらもしかしたらそちらにのめりこむこともなかったかもしれない。でも実際無かったのだからしかたがない。

石川善樹さんの自己紹介のメソッドでただ在ることを自己紹介にしていいということが語られていた。
(https://hillslife.jp/learning/2018/10/13/new-method-for-introducing-yourself/)
人はただ在るだけで価値のあるものなんだけれど、自分のことを"在るだけで価値のあるもの"と認めることは結構難しい。それを(言葉で言わずとも)認めるためには居場所が必要だけど、それを得るために特別なものは要らない。

「人が生きる場所にはたくさんの境界があるけれど、森の中に入ると、境界がほとんどなくて様々なものがそれぞれに影響しあって存在している。
コントロールはできないけれど、それぞれに影響を与えている。
そこに没入していく。水の中に入る。手を触れる。そこに居る。彷徨う。そして境界がなくなって互いに影響しあう。
人が存在するだけで何かが変わっていく。存在するだけ、さまようだけで世界がすこしずつ動いて変化していく。人が存在するだけで肯定される場所。目的は必要でない。そういうのをつくりたかった。」

わたしのだいすきなチームラボ猪子寿之さんのことば。

〈チームラボ ボーダレス〉というチームラボのつくったデジタルアートミュージアムの中では人が文字に触れるとそこに物ができたり、動物に触れたり、手を添えると水が跳ね返ったりする。作品が縦横無尽に飛び回って移動していて自分がこう動くと周りがこうなるのかっていうことを発見したり、いろんな動きが繋がってるのを見つけたり、時間を忘れていつまででも楽しめる。本当に時間を忘れて歩き回って少し疲れたな、と思って立ち止まりじっとしていると、そのじっと立っていた足元に花がゆっくりと咲いた。それがなんだかうれしい。たくさん動いて考えてアートもそれとともにいろんな動きをするのが嬉しくて没頭してたけど、わたしがじっと立っているだけでも花が足元に咲く。世界はたぶんきっとそんなふうにできてる。アート作品の中だけそうなのではなくて今この世界でも、ゆっくりで目に見えないものかもしれないけれど存在するということにきっと価値はある。


#雑記 #コラム

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