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7.30 梅干しの日

ばあちゃんの家に行くと、挨拶も早々に小皿に載せた梅干しを出してきた。

「え、ばあちゃん。何これ?」

俺はスマートフォンのアプリで読んでいたマンガから目をあげて尋ねた。
ばあちゃんは自分の分の梅干しをちびちびかじりながら、かじるたびに酸っぱそうな顔をしている。

「いいから食え」

俺のばあちゃんはもちろんばあちゃんなのだが、世間一般のイメージでいうところのじいちゃんみたいな頑固さがある。
物も多く言わないし、大抵において説明不足だ。
俺の母親とはそれでよく喧嘩になっていたし、そのせいで今はほとんど俺しか来ない。

「いやいや、ばあちゃん。俺、梅干し嫌いなんだってば。見るからに酸っぱそうだし、無理無理」

軽く断ってマンガに目を戻すと、ばあちゃんは俺の頭を割と強めにげんこつで殴った。
そして、出したばかりの小皿を持って台所に引っ込んでしまった。

「怒ったって苦手なものは苦手なんだから、しょうがないでしょー」

頑固なババアだな、と陰口を叩いたら、耳は遠いはずなのに死角からボックスティッシュが飛んできた。

「それがかわいい孫にやることかよ!」
「うるさいわ!あんたがかわいかったのは赤子の時だけだわい!悔しかったら縮んでみやがれ!」

そう言われてはぐうの音も出ない。
家に居ると教育ママの気質がある母親に小言ばかり言われるので、俺にとってここは冷暖房完備のシェルターなのだ。
貴重な居場所を失うわけにはいかない。

悪態をつきたいのをぐっと我慢してマンガの続きを読んでいると、しばらくして今度は隣で重めの音がして机の上を見る。

仁王立ちのばあちゃんから目線を下げると、机の上にはほかほかと湯気を立てる茶碗がある。

「…なにこれ?」

ばあちゃんは手に持っていた箸を、ずいっと俺の前に出してきた。

「茶漬けだ。これなら食えるだろ」
「いや、だから何で今日はそんなに梅干しにこだわるんだよ…」
「いいから食え。食わなきゃ次から入れないぞ」

短気なばあちゃんは、段々と苛々してきたらしく眉間に歳とは違う皺が無数に寄っている。
どうしても引かないようなので、仕方なしに箸を受け取った。

「いただきます」

食べた梅干し茶漬けは、結局酸っぱくて結構な梅味だったので、食べるのに苦労した。
食べ終えるまでにかなりの時間を要したが、 ばあちゃんは俺が茶漬けを食べ終えるまで目の前でずっと見張っていた。

「じゃあね、ばあちゃん。ちゃんと戸締りしなね」
「おう。帰れ帰れ。あんまり遅いと母ちゃんが心配すんだろ」

俺がばあちゃんの家を出たのは、夕方六時。
まだ明るいし、大体そこそこ成長したいい年の息子を母親はそんなに心配しないだろう。
面倒なので玄関前で見送るばあちゃんにはそれを言わずに、とりあえず手を振って別れた。

家に帰って調べたところ、今日は梅干しの日で、梅干しには難が去るという言い伝えのようなものがあるらしい。

「ナナサンゼロで難去るか。そっかー、ばあちゃんはあんなに全力で俺の難を去らせたかったのかー」

ソファに寝転がって目を閉じる。
嫌な目にあったので、もうしばらく行くのはやめようかと思っていた自分が少し情けなくなった。

「いいばあちゃんだなー。不器用がすぎるけど…」

うとうとと眠りにつく間際で、俺の瞼の裏に巨大な梅干しを両脇に抱えてしかめつらで仁王立ちしているばあちゃんの姿が出てきたので、眠気も飛んで思わず笑ってしまった。

次に会いに行くときは、ばあちゃんの好きな菓子でも持って行こう。
きっと怪訝な顔をするだろうけど、俺は知らん顔をしていよう。


7.30 梅干しの日
#小説 #梅干しの日 #梅干し #祖母孫 #JAM365 #日めくりノベル

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