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8.10鳩の日

一羽の白い鳩が飛んだのを見て、私は新しい何かを始めようと思った。

一年間、三百六十五日。
いつも毎日の中に、どこか落ち着いて考え事の出来る時間を作ろうと思った。
そのために新しいノートとペンを用意している間はとても楽しかったのだけれど、夜になっていざノートの一ページ目を開くと私は怖くなった。

本当に、これは続けられることなのだろうか。
一週間も続かないうちに、夜の飲み会や、体調不良や、残業の疲れや、そんなハードルに邪魔をされて書けなくなってしまうんじゃないだろうか。

「私は一体何を恐れているんだろう?」

それはきっと、一つの事を成し遂げられなかった時に自分を責める自分の気持ちだと気づいた。
私は私に失望することを極度に恐れていた。

真っ白なページに自分の考えを書きつづることすら怖いなんて思いもしなかったので、私はとても動揺してしまった。

「続けられなかったら、私は私のワクワクを潰してしまうことになる?その時、私のことを嫌いになる?」

頭の中に灰色の雲がぎっしりと詰まって、目の前がぐるぐると回った。
簡単なことなのに、誰に迷惑をかけるわけでもないのに、新しい習慣一つ始めるだけでこんなに怖いなんて。

「・・・でも、たぶんこれは良いこと」

私は、本気で新しい習慣を始めようとしている。本気だからこそ、続かなかった時のことを思ってこんなにも怖くなっているのだ。

「結局は、慣れてしまえばいいんだ」

強く、新品のペンを握る。
ノートに最初に一つ、お守りみたいに飛び立つ鳩の絵を描いた。
一度何かを書いてしまえば、その先のハードルはぐっと低くなる。
雨が降る前と同じ様な気持ちだ。
降り出してしまえば、雨が降り出す心配をすることはない。

「いいぞ、いいぞ。駄目だったとしても、始めた私に拍手を送ろう」

何かを始めることへのハードルを低くする練習だと思えば、なんてことないと言い聞かせる。

文字を綴るたびに、心の中の白い鳩が無数に飛び立っていく。
怖いままで、私はきょうも鳩を飛ばしていく。


8.10 鳩の日
#小説 #鳩の日 #JAM365 #日めくりノベル #怖さの先にあるもの #最終回

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