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7.2 蛸の日・一年の折り返しの日

「え、佐藤さん6月の終わりが一年の半分だと思ってたんですか?」
「え?」

隣のデスクでコンビニで買った卵サンドをかじりながら、後輩の今宮くんが驚いた顔をしたのでつられてこちらも驚いた顔になった。

「嫌だなあ。一年は三百六十五日あるんですよ。で、半分にすると今日のお昼が一年の半分ですよ。僕らはようやく今から下半期に突入するんです」

そう言うと、彼は無糖の紅茶を一口すすってスマートフォンの占いページを開いた。

「言われてみれば、確かにそうだね。半年って月で区切ってたけど、日付で区切ると今日なんだ」
「そうっすよ。だから、今お昼を食べてる僕らはちょうど今年一年の折り返しにこうして隣り合ってランチしてるって事っすね」

私は家で作ってきたお弁当の、少し緩めになってしまった卵焼きを咀嚼しながら感心した。
そして感心しながら、ちょっとめんどくさくて面白いなあと思っていた。

「先輩、何座ですか?」

占いページの画面を見せられたのでのぞき込む。
画面の上では、キノコと星座を掛け合わせたようなかわいいキャラクターがぴこぴこと動いている。

「天秤座だけど」

そう言うと、今宮君は卵サンドの残りを大きな口に全て押し入れて、私の方に空いた手を差し出してきた。
意味が分からずに首を傾げると「携帯ください」と言われた。

「え、何で?」
「このページ送るのに連絡先交換しようと思いまして。僕がやった方が早そうだから貸してください。当たるんですよ?佐藤さん知らないでしょ、エリンギ占い」

全く知らないが、どうやら流行っているらしい。いちいち断るのも自意識過剰な気がしたので、ロックを外して今宮君におとなしく携帯を渡す。

「あ、先輩の待ち受け、タコざんまいじゃないですか!見て、俺も!」

今宮君は自分の携帯と私の携帯を並べて見せてきた。そこには確かに、色違いだが同じタコざんまいというチェーンのたこ焼き居酒屋のキャラクターのイラストが表示されている。

「本当だね。今宮君も好きなの?タコざんまい。意外だなあ」
「佐藤さんの方が意外ですよ。お嬢様キャラだと思ってたのに、案外庶民的な店行くんですね」
「えー?私常連だし、ゴールド会員よ?」
「すげえ、かっけえ!」

私が鼻高々と自慢しているうちに、手際よく連絡先は交換されたらしい。
今宮君からのメッセージがすぐに届いて、私の手元に携帯が返ってきた。

「ねえねえ、今夜飲みに行きません?タコざんまいの夏の新メニュー、昨日から出てるはずなんで」
「いいけど、いいの?私と行っても楽しくないかもよ」

正直言って、仕事でのコミュニケーションは取れている自負があるが、プライベートではまったくの人見知りなのである。
仕事と割り切らないと人とうまく話せず、個人的な飲み会は私の中でプライベートに属してしまうので、悪いときには緊張しすぎて黙り込んでしまうこともある。
この仕事とプライベートの線引きは自分ルールではなく、体が勝手にそう判断してしまうから困っている。
私の不安を表情から感じ取ったのか、今宮君は自信ありげに笑顔でうなずいた。

「何言ってんですか。タコざんまい好き同士でタコざんまいに行って盛り上がらない訳がないし、俺めちゃめちゃおしゃべりなんで、佐藤さんこそ覚悟してくださいね」

そう言うと、今宮君はすぐに予約取りますね、と部屋を出た。
私はなんだか一連の流れが突然すぎて、ちょっとぽかんとした顔でそこに取り残されていた。

休憩中に珈琲を飲みながらエリンギ占いを見ると、半年分以外にも週間占いもあることに気がついて何となく開いてみる。

「え、嘘。えー?」

休憩スペースで一人赤面する。

今週のあなたは、恋愛運が最強です。好きな人や気になる人と食事に行くと、突然距離が縮まるかもしれません。
ラッキーアイテムはタコとビール。

「いやー、うーん」

ついタコのようにぐねぐねしてしまう。
今まで隣にいて何とも思ったことがなかっただけに、急に今宮君が男の人に見えてしまった自分が恥ずかしかった。

「今夜、大丈夫かな」

緊張して断ることまで考えていると、画面に今宮君からのメッセージが表示された。

20時からで予約取りました!楽しみにしてます。あ、あと途中から興奮して俺って言っちゃってすみませんでした!

そう言えば、普段は僕呼びの彼が自分のことを俺と言っていた気がする。

「そんなこと、気にしなくていいのに。律儀だなあ」

今好感度が上がるのはまずいのに、どうしたって止められようがなかった。
私は迷った末、了解です。楽しみにしています。とシンプルなメッセージを送った。

「よし、仕事するか」

久しぶりに、仕事終わりの予定にウキウキしている自分に気づく。
知らず口角があがっていたらしく、通りがかった別部署の女の子に「機嫌良さそうですね」と不思議そうな顔をされてしまった。

私はそそくさと更衣室に逃げ込んで、出来るだけ引き締まった顔を作ってから部署に戻ったが、今宮君の横顔を見るなり赤くなって、取り繕った威厳もすぐに半減してしまったのだった。


7.2 蛸の日、一年の折り返しの日
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