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4.30 図書館記念日

夕暮れ時である。
本を片付けていると、書棚の裏を背の低い影が横切った。
「子供が入り込んじゃったのかな。もう閉館時間は過ぎてるんだけど」
図書館司書の紬さんは、エプロンで手を拭いながら屈みこんで書棚の裏へ回った。
「ここにいるのはー誰だっ」
そこで子供と鉢合わせになる算段だったのだが、目線の先には誰もいない。
確かに影はこのくらいの背丈だったのだが。
おや?と首を傾げると、足元で揺れるふわふわとした何かが視界の端に映った。
紬さんはゆっくりと顔を下に向ける。
「おや?おやおやおやおやー?」
隠れているつもりなのか、震えながら頭を抱えてうずくまっている仔狸が一匹。
そのぶわりと膨らんだ尻尾の下には、かの有名な平成狸合戦の絵本が落ちている。
紬さんは図書館司書のなかでも特別優しい図書館司書なので、仔狸のことは見て見ぬ振りをしてやることにした。
平成の世も終わりだ。狸だって教養や知識が必要な時代なのだろう。
「おっと、カウンターの整理をしなくちゃ。誰もいないなんておかしいなあ。でも、そろそろ鍵を閉めなきゃいけない時間だ。あ、そういえば山側の窓の鍵を閉め忘れたぞ。まあ、最後に閉めることにしよう。まずはカウンターだ、カウンター」
そう言って、仔狸を蹴飛ばさないように気をつけながらくるりとターンして離れた。
カウンターの裏側から目だけを出して書棚を見ると、背の低い毛むくじゃらの頭が本を拾って走り出すのが見えた。
ちゃんと山側の窓に向かっているようで安心する。
紬さんは橙色に染まった窓の外を見て、一日の終わりにビールを飲むことを決めた。
カウンターを片付けて窓を閉めに行くと、山裾の笹の藪の中で立っている仔狸と目が合った。
仔狸は大事そうに両手で本を抱え、ぺこりと一つお辞儀をして走り出した。
紬さんは仔狸の見えなくなった藪に手を振り、そして窓の鍵をかけた。
山の頂のまた上には、新しい一番星が光っている。

4.30 図書館記念日
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