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7.22 ナッツの日

冷房の効きが悪い部屋でバーカウンターに座り、透明な背高グラスに移したウィルキンソンの炭酸水を飲む夏の休日の夕暮れ。

レコードなんて立派な物は持っていないので、スマートフォンで適当に選んだ曲をブルートゥースで繋いだスピーカーから流す。

落花生とピスタチオだけを山盛り入れた白い小皿から、落花生だけを取り出して殻を割る。
甘く香ばしいピーナッツが奥歯の間でコリリと申し訳なさそうに音を立てた。

村上春樹の小説みたいに、ナッツの殻を床に積もらせてみたいけれど、ここは自宅なので掃除が面倒だ。

冷静でつまらない思考の僕はそれをバーカウンターの端に寄せておくに留める。

自分しかいない部屋では、この世界に他の誰かがいる想像はつかない。

対峙しているのは炭酸水と、山盛りのナッツ、そしてその殻と、夕暮れ。

これが物語の始まりであれば、退屈で贅沢なこんな時間に、きっとガールフレンドから電話がかかってきて、部屋に来るというのでスパゲティでも作って待っていると、知らない組織に押し入られて銃撃されたり命辛々逃げ切ったり、誰かの命が人質に取られたりする。

しかし、穏やかに少しずつ光量を失っていくこの世界は、夜の成分が濃くなるばかりで、激しさはどこかに置いてきてしまったようだ。

炭酸水の泡だけが、活気を持つ夏の夕暮れ。

落花生を全て食べ終えた時、ピスタチオはあまり好きではないことを思い出した。

やる事も尽きて、誰からの連絡もない休日の夏の夜の入り口に、僕はミートボールのスパゲティを作って、そこに飲めないビールを用意して、行儀悪く食べながらハードボイルド小説を読むことにした。

現実がただ脳味噌が見せている反射の世界なのだと仮定すれば、小説を呼んでいる時の僕はハードボイルド世界の住人に違いない。

指先についた落花生の乾ききった殻を払って、僕は静かにバーカウンターの前を離れた。


7.22 ナッツの日
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