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嘘の裏の告白 (掌編小説)

僕には、嘘を見抜く能力が備わっていた。
初めて会う人の嘘は、見破れるかどうかあまり自信がないけれど少なくとも2~3回、顔を合わせて会話をした人に関しては、ほぼ見抜ける。
使う言葉、会話の間、表情の一瞬の歪み、そういうちょっとしたことが嘘の香りを発している。
そんな風に気づけるようになったのは、6歳の頃だと思う。母の日にクワガタをプレゼントをした時、母は嬉しそうにしてくれている反面、そのクワガタには触れなかった。その時の表情を見て、人はこうやって嘘をつくのか…と、学んだ。
そこから先は周りのいろんな人がつく嘘を分析していくうちに自分なりの統計が取れた。
僕は嘘を見破る遊びに没頭し、むしろ人に嘘をつかせるためにはどうしたらいいかを考えるようになっていたくらいだ。

人間は、簡単に嘘をつく。
何らかの罪悪感を払拭するためにつかれる嘘が1番多いが、もっと優しい嘘もある。

待った?
ううん、今来たところ。

美味しい?
うん、美味しいよ。

僕が最初に気づいた母の嘘もこの種類の嘘だ。
これは、見破ってしまっても、傷つかない。

他に、人はどうでもいい嘘をつく。

普段自炊する?
全然しないなー。

好きな色は?
赤と青

この嘘は何のためにつくんだろう?僕はいつも疑問に思っていた。でも、最近、少しだけ分かってきた。
多分これは、素の自分を知られたくないという警戒心なんだろう。
そして、この類の嘘が発展して、人を傷つける嘘が出来上がる。

昨日何してたの?
ずっと寝てた。

この連絡先ってだれの?
会社の人だよ。

僕のこと好き?
あなたが一番、大好きよ。

傷つく嘘は恋愛に絡むことが多い。
最初はほんの少しの罪悪感だったり、干渉されたくないという気持ちだったり、相手への優しさのつもりだったり、いろんなきっかけなんだろう。
だけど僕には全部、分かってしまうので、いちいち傷つく。

本当は何をしていたんだろう?
本当は浮気相手なんじゃないかな?
僕の他に好きな人がいるのか…

そんな風に、小さく、少しずつ、色んな嘘に塗れていくうちに、僕は諦めることしか出来なくなった。
あんなに楽しかった嘘を暴く遊びは、大人の僕を苦しめる。嘘のない人なんていない。
だから、結局誰も信じられなくなって、信じることを自らやめて、僕はある意味、一人ぼっちになった。

君に出会うまでは。

そう、君は嘘だらけだった。
最初から僕に敵意むき出しの嘘を並べ立てた。

あなたみたいな人と一緒に仕事したくない。
あなたのそういうところがイライラするのよ。
あなたのことなんて、何とも思ってないわよ。

そう、嘘をつかれる度に、あなたが好き、気になって仕方がないと告白されているようで、僕は舞い上がった。こんなに気持ちのいい嘘に出会ったのは初めてだ。いつも、どうしても人の悪意の方を探ってしまっていた僕は、君と出会って初めて、嘘の裏にある本音の優しさを知った。

君は警戒心が強すぎて、どうでもいいことも大事なことも、とにかく自分を偽った。
その度に、僕は君の本音を噛み締めた。


そして僕は、悲しい嘘を見破ることを、やめた。
他の人がつく嘘は、割り切ってしまえばいい。
期待して嘘をつかれて傷つくことを繰り返すくらいなら、僕はもう嘘など飲み込んでしまおう。
受け入れられる嘘はとことん受け入れて、相手の望むまま騙された方が幸せかもしれないし。


僕が見破る嘘は、もう、君の嘘だけでいい。

読んでくださるだけで嬉しいので何も求めておりません( ˘ᵕ˘ )