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⑫合鍵

当時、貴方が暮らしていたアパートは、可愛らしい名前がついていて、私達はそこをレモンハウスと呼んでいた。なんの変哲もない、普通のアパートだったし、部屋自体はかなり狭かったけど、レモンハウスにはロフトがあった。夏になるとロフトの上はとにかく暑くて、そこで寝起きするのは結構体力を消耗した。
いつも汗だくになって寝ていたこと、とても寝苦しかったこと、懐かしい思い出だ。熱中症になりかけたこともあった。
だけどレモンハウスのロフトは、当時の私にとっては、眠る前に貴方と色んなことをお話して、たくさん愛し合った、特別な場所だ。

ある日。
レモンハウスの合鍵をもらった。
貴方とつき合って初めて、彼女らしい扱いが本当に嬉しかった。ずっと、私たちの関係は、大学では秘密だったし、つきあうという形が成立したあとも何かが変わったわけではなかったから。
結局、貴方がいない時に、私が行って待ってるとか、朝、貴方を見送ってから私が鍵を掛けて出かけるとか、この合鍵を有効に使えるような場面は、なかったけど、どんな高価なプレゼントよりも嬉しくてお守りみたいに大切にしていた。

1度だけ、クリスマスサプライズをするのに使ったこの合鍵。貴方のいない隙に荒れてる部屋を掃除して、小さなクリスマスツリーと一緒にプレゼントをそっと置いて、鍵をかけて部屋を後にする。数時間後、また貴方と2人で戻ってくるために。
外で待ち合わせをして、食事をして、2人でレモンハウスに戻ってきた時、貴方は鍵を空けて直ぐに、右手で入るなと言うかのように、私を制した。
恐る恐る部屋に進んで、プレゼントを見つけると、無言のまま玄関まで戻ってきて、私を抱きしめた。

腕の力が強くて、苦しかったから、怒ってるのかな?と思って尋ねてみると、
「空き巣でも入ったかと思いました。まだ中に変な奴いたら、ナナさん守れるか不安になっちゃいましたよ。自分、喧嘩とか出来ないんで。ま、でも、随分と可愛い泥棒が入ったみたいですけどね。
ありがとうございます。やられました。めっちゃ嬉しいです。」



レモンハウスの扉はもう二度と開かないけれど、
もらった合鍵は今でも、
私のキーケースにぶら下がったままだよ。

読んでくださるだけで嬉しいので何も求めておりません( ˘ᵕ˘ )