希島あいり×福島裕二写真展

渋谷、ギャラリー・ルデコへ。
福島裕二の撮影した写真展を見るのは今年に入って早くも三度目。 何時撮ったのかは分からないが、頻度としては異常。 それでいて質は高い。

今回は5階と6階での開催。 5階に受付があり、そちらから見るよう注意書きがある。
見る時間帯や天候に会場の光の状態が左右されないようにする為か、窓には布が掛けられ、完全ではないが外光の侵入を防いでいる。

見る環境が変わらない分、見る側の体調や心持ちで見え方・感じ方が変わってくるのが面白い。
コーヒーの一杯でも飲んでリセットして見直すと、見えていなかった物も見えて来る。

5階は扇情的なカットもあり、どう見せたい・見られたいのか、求められる自分をどう位置付けているのかが窺い知れる。

仄聞するところによると、5階は被写体撰、6階は撮影者撰。

5階は5階で見応えがあったのだけれど、6階に上がって驚いた。
寄って向き合った、扇情的要素の無いカットのみで構成。

アップで撮ってB0まで伸ばしてあるものは鼻の頭の産毛まで解像している。
そこまで見えるということは「見えてしまう」と言う事でもあり、毛穴や皺までも写し取られてしまう。
勿論撮られる側も徒手空拳ではなく、それなりに「鎧」は纏っているが、精緻に切り取りつつ、描写は飽くまでも優しい。

鎧の纏わせ方も過不足無く、口紅を薄く塗った上にこってりとグロスを盛ったり、芸が細かい。
上唇の真ん中あたり、少し膨らんでいるのだけれど、引き結んだり半開きにしたり、力の入れ加減で表情に幅と彩りが出る。

メイク、ヘアメイク、衣装、ロケーションコーディネイト、etc...、裏方の仕事ぶりも充実。

ピントは極めて薄く浅いのだけれど、置きどころも深度も適切。
解像度を上げると、得てして暴き立てるような撮り方になってしまうものだが、そうはなっていない。

写真そのものの質に目を奪われて見落としそうになるが、プリントの質もどうかしている。
B1やB0まで伸ばしてプリントとして破綻しない。 寄っても引いても「絵」として認識できる。
寄って見ることで見えてくるものもあり、引いて見ることで分かることもある。

正面を外して心持ち斜め下、斜め横、あるいは思い切って横から。
視線がカメラに(撮影者に)向けられていない、けれど意識はされている、そんなカットに、私は心惹かれた。

髪にピントが来ている逆光の横顔に唸る。
光で白く飛んだ部分、判別できない部分にもピントは合っており、目には見えないが、描かれている。

見ているうちに呼吸を忘れる。 溜息の逆、息苦しくなって気付く。
大きく深く吸い込み、吐き出す。 結局、溜息になる。

脳髄に痺れるような疲れを感じつつ帰宅。
会期中にもう一度、いや「もう何度か」見に行きたい。
(2019.4.21記)


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