高橋みのり写真展「ハッピーエンドは訪れない」

高橋みのり写真展「ハッピーエンドは訪れない」へ。
駒込駅から本郷通りを北へ歩き、女子栄養大の角を曲がって、アンテナショップなどで出すものか、焼き菓子の甘い香りに鼻腔をくすぐられつつ突き当りの手前の古いビルの半地下にある展示スペースへ。

「百合写真展」と銘打たれているのは承知の上で見に来た訳では有るが、場違い感たるや予想以上で、厭な汗を掻きつつ観覧。

四人の女生徒の絡み合う愛憎をこってり演出して撮影。
それをコンタクトプリントの様に並べて展示。

どろどろした関係を、あくまでも綺麗に掬い取っていて、なんと言うかこう、釈然としない(これは良否ではなく好悪の部分なので措くとして)。
飽くまでも「美しいもの」として描こうとしているのは解らないでもないが、どろどろした部分を切り棄てているので゛描写が浅い。
しかし、この「浅さ」が受けるのであろう。

高橋みのりの「絶対演出のストーリーブック」的なやり方そのものは悪くはないと思う。
ただ、なんと言うか女子大の写真部に有りがちだった「妙に高慢で技術軽視」「説明不足を理解不足に転嫁」みたいな感じには苛々した。

登場する女生徒四人はそれぞれに懊悩を抱えており、複雑に絡み合う物語が有る筈なのだけれど、それが暗示すらされていない。
齣間に説明は入るのだけれど、自己完結してしまって要領を得ない。

コンタクトプリント仕立てにするにしても、黒い羅紗紙の上にプリントを並べて、隙間に長方形に雑に切った白い画用紙を貼り付けてパーフォレーションを表現。
齣を上下二分割にしたものはプリントの切り貼り。

企画として練られていなくて、仕上げも雑。
写真としては悪くないが、どう見せるかについて深く考えた形跡が見られない。

突き詰めない物を漠然とした状態で見る者に投げるのが高橋みのりの作風なのだとしたら、そしてそれで良しとする人が居るのであれば、私の趣味に合わないだけで棲み分けをすれば良い。

縁無き衆生と言うことで、灰さやうなら。

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