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「リエマ」とケイ卿

「リエちゃんはマフィア少女」がアーサー王伝説と出会ったのは、この物語が「マフィア」と「魔法少女」という単純なアニメーションの企画だった頃、リエと共に行動している謎の男に「K」という名前を仮につけたことでした。


理由はとても単純で、カフカや夏目漱石などが登場人物に「K」という名前をつけていることを思いついたからです。

とりあえず本当の名前は後ほど考えよう、と置いておいたのですが、
ふと「K」とはなんだろう?と何気なくインターネットで「K」の一文字だけを入れて検索しました。
すると、アーサー王伝説のケイ卿の名前が上がってきたのです。

アーサー王伝説は多くのポップカルチャーにも引用される、王を囲む気高く勇敢な騎士や彼らの恋愛、冒険にあふれたイギリス、フランスなどで書かれた文学作品達です。
アーサー王やランスロット卿など、有名な登場人物のことはなんとなく知っていましたが、ケイ卿の事は名前すら知りませんでした。

興味を持って調べていくと、彼の気質は騎士としてのそれからはあまりにもかけ離れていて、とにかく性格が悪く、そして挑んだ戦闘にはことごとく負けてしまうような存在だと書かれていました。
それからケイ卿やアーサー王伝説の世界観に興味を持った私は、編集担当のルーンと共にアーサー王伝説の様々な文献について調べるようになりました。
今回はそんなケイ卿がどのようにリエマの世界で解釈されていったのかをご紹介します。

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ケイ卿とはどんな人物なのか?


アーサーの乳兄弟であるケイは執事騎士として宮廷に仕えますが、とにかく口が悪く、ほとんど騎士らしい振る舞いをしません。

例えばハルトマン=フォン=アウエの「イーヴェイン」の冒頭、聖霊降臨祭でアーサー王が祝宴を開いているシーンで、ガヴェイン(書籍ではガーヴェインという表記でした)が自分の武器を点検しているのに対し、

ケイ(書籍ではケイイ)は騎士たちの集まっている広間で横になって眠っているだけだったり。*1

王妃に挨拶した騎士に対し「一人だけ抜け駆けしてゴマするなよ」、というような内容の長い悪口をベラベラ言ったり。*2

それに対して王妃が「とにかく名誉を得たものを必ず憎まずにはいられないのがお前の性分なのですね」と返しても、
ケイは反省する様子もなく「…あなたはそれで(自分を注意することで)ご自身の品位を傷つけられるのでございます…」と王妃に言い返したり…。


クレティアン=ド=トロワの「ペレスヴァル」では、
・世の中にこれ以上美しい騎士はいなかったが、その美貌も口の悪さで台無しで、みんな悪口が怖くて道を開ける。
・あまりにもあからさまな意地悪(本気か冗談か謎)だし怖いので誰も話しかけない…*3


などと言う描写があったり、
いろいろな作品でなんかひどい人物だなぁ…という印象を受けるような描かれ方をしています。

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戦闘においてもほとんど良いシーンがなく、しかも全力で戦ってあっさり負けてしまいます。

・「ペレスヴァル」では主人公ペレスヴァルを呼び止めようと乱暴に馬で向かっていって返り討ちにされ、そのまま落馬して鎖骨が外れた上に右腕まで折れるという有様。*4

・トマス=マロリーの「アーサー王の死」7巻では身分を隠してアーサー王の宮廷に現れたゲイレスにボーマン(白い手)というあだ名をつけて厨房で罵声を浴びせながら1年過ごさせた上、その後のゲイレスとの戦闘で脇腹を斬られて特に見せ場もなく死んだように気絶…

など、だいたい自業自得な感じで彼は敗北しています。

「イーヴイェン」でも作法通り立派に主人公イーヴイェンと闘っても負け*5、ランスロットが活躍するクレティアンの「荷車の騎士」では冒頭で王妃と一緒にサクッと攫われたりします。*6


起源となったウェールズ文学では体から発する熱で雨を蒸発させたり、炎や水に長時間耐えられるような特殊な才能を持った恐ろしく強い人として描かれていたようですが…

しかしこれらの物語に登場するケイの姿を見ても、私は彼がただの口が悪く実力のない騎士のようには思えませんでした。

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ケイ卿の役割


クレティアンの「ペレスヴァル」を元にしたヴォルフラム=フォン=エッシェンバハの「パルチヴァール」の中にはケイに対するこのような記述が出てきます。


『…勇気ある方々はケイエ(ケイ)の災難を気の毒に思って頂きたい。ケイエは彼の勇気の命じるままに、幾多の戦闘に勇敢に赴いているからである。もちろん多くの国々では、アルトゥース王の宮内卿ケイエの態度は、ごろつきのそれだとの噂はあるが。しかし私の物語は彼についてそのような評価には荷担しない。彼はまったく立派な人物であった。私の意見に同意する者がどんなに少なくても、ケイエは誠実で勇敢な騎士であったと私は主張する。』 「パルチヴァール」ヴォルフラム・フォン・エッシェンバハ[著] 加倉井粛之[等]共訳 東京 : 郁文堂, 1974
155p2段目-12行目〜156p2段目3行目 ()内は筆者の脚注


ヴォルフラムはさらに、

「ケイは他人を騙すような人は相手にせず、礼儀作法のある人には敬意を示す判定者であり、毒舌や気性をむき出しにするのは君主を守るためであって、その言葉を聞いた詐欺師達がこのようなケイの名声をうやむやにしてしまった」

と書いています。

ハルトマンもケイに関して、彼の毒舌が彼の価値を台無しにしなかったらアーサー王の宮廷に彼に勝る勇士はいなかった、というような記述をしています。

また、「アーサー王神話大辞典」によると、彼の毒舌は18世紀まで王に仕えた道化の先駆的な存在であり、アイルランドの王宮で慣例によりドルイド僧に任されていた風刺詩人としての役割に由来していると言います。これは普通の人間が恐れて言えないような事を、王に無礼を働いてでも述べるというような役割をしています。*7


TWOSOMEがケイ卿を物語の主人公にしたら…


ケイは君主を守るため、武器での戦いではなく言葉や別の方法で必死に努力していたのではないか、と私は思いました。
しかし武力を持つものがもてはやされるアーサー王伝説の世界では、あまりそれが評価されなかったのかもしれません。

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生まれながら王の素質を持ったアーサーや、武勇やカリスマ性を兼ね備えた他の騎士の中で、周囲に迷惑をかけながらも王の役に立とうとするケイ。

私達は「こんな面白くて特徴的なヒトなのに、彼はいつも脇役なんだな」と思いました。

そこで私達はランスロットやガヴェインのような華やかな物語をさほど持たず、戦闘にも向かないケイを主人公とし、毒舌や道化のような振る舞いそのほかマイナスな部分もそのままに活躍する物語を私達なりに作れないか?と考えたのです。

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そうして完成したのが日本を舞台に繰り広げられるこのリエマの物語と、妖精ケイの姿です。作品の中の、なんだか少しひねくれたアーサー王伝説の解釈も楽しんで頂けたらと思います。
Mh



コラムに使用した参考文献


・アーサー王伝説研究 
 清水阿や
 東京: 研究社, 1966

・フランス中世文学集2
 新倉俊一
 東京:白水社, 1991

・アーサー王神話大辞典
 フィリップ・ヴァルテール著; 渡邉浩司, 渡邉裕美子訳
 東京: 原書房, 2018.2

・アーサー王物語: イギリスの英雄と円卓の騎士団
 井村君江著
 東京: 筑摩書房, 1987.9

・UNIVERSITY OF ROCHESTER THE CAMELOT PROJECT
 https://d.lib.rochester.edu/camelot-project

・ハルトマン作品集
ハルトマン・フォン・アウエ著 平尾浩三[ほか]訳
東京 : 郁文堂, 1982

・パルチヴァール
ヴォルフラム・フォン・エッシェンバハ[著] 加倉井粛之[等]共訳
東京 : 郁文堂, 1974


脚注

*1 :ハルトマン・フォン・アウエ「イーヴェイン」ハルトマン作品集 264p二段目13-16行目

*2:ハルトマン・フォン・アウエ「イーヴェイン」ハルトマン作品集 265p1段目-2行目〜267p2段目-14行目、騎士の溜まり場のに王妃が現れた際に、騎士カーログレナントのみが王妃に気づいて飛び起きてお辞儀をしたため、ケイはカーログレナントに対してとても長い僻みを言う。

*3:クレティアン・ド・トロワ「ペレスヴァルまたは聖杯の物語」フランス中世文学集2 194p2段目-14行目〜195p1段目12行目

*4:クレティアン・ド・トロワ「ペレスヴァルまたは聖杯の物語」フランス中世文学集2 223p1段目-15行目〜224p1段目18行目、真の騎士が現れるまでは笑わないと誓った乙女が、アーサー王の元にみすぼらしい格好で訪れたペレスヴァルに向かって微笑み、それを見たケイが激憤して乙女に平手打ちを食らわせる。ケイは同時に乙女の横でペレスヴァルを称えた道化師を暖炉に蹴り込み、それを見たペレスヴァルは乙女と道化師のため復讐を企てる。後にペレスヴァルとケイは戦闘になり、ペレスヴァルは相手をケイと分からず落馬させ、その衝撃でケイは右腕を骨折し鎖骨も脱臼する。

*5:ハルトマン・フォン・アウエ「イーヴェイン」ハルトマン作品集 309p2段目-13行目〜311p2段目-3行目、妻のため泉を守る騎士となったイーヴェインとケイの戦闘。

*6:クレティアン・ド・トロワ「ランスロまたは荷車の騎士」フランス中世文学集2 10p1段目-21行目〜14p1段目9行目、アーサー王の宮廷に突如現れた騎士メレアガンの挑戦を受け、ケイはアーサー王に懇願して王妃と共に出発する。その道中で襲われたケイは王妃と共にメレアガンの捕虜になる。

*7:フィリップ・ヴァルテール「アーサー王神話大辞典」150p〜152p


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