マスターベーションは「悪いこと」?

マスターベーションに耽る「問題児」だった私

 世の女性たちのほとんどがマスターベーションをしたことがある、と初めて知ったのは19歳だった。衝撃だった。いつ、何がきっかけで「性器をいじくると気持ちがいい」ことを知ったのかは記憶にないが、幼稚園から小学校低学年にかけて、私はマスターベーションを咎められてばかりいた。ソファの肘掛に擦り付けているところを、父親に後ろから肩を叩かれて。毛布の中に潜み、ズボンに手を突っ込んでいじっているところを、母親や姉に毛布を引き剥がされて。決まって、父親は困った顔をし(男親だから言いづらかったのだと思う)、母親は「えっち、だめよ」と怒った。姉は私を睨み、時として母親に言い付けた。

 そのころの私は、何もセックスに興味があってマスターベーションをしていたわけではなかった。その行為の延長に「生殖」があることはおろか、自分の耽っている行為に「オナニー」や「自慰」、「マスターベーション」などと言った、きちんとした「名称」があることすら知らなかった。性器をいじっていた理由は、ただただ「気持ちがいいから」だった。

 ネットコラムの記事一覧を眺めていると、子どものマスターベーションにどう対応するべきかを悩む、世の母親たちの投稿を見かけることがある。それらの投稿を読んでいると、当時の私がマスターベーションに対して中毒症状を起こしていたことがありありとわかる。自宅に留まらす、学校ですらしていたのだ。授業中、わざと浅く腰掛け、椅子の座面の角に股間を押し付けたり。学年集会中、あぐらをかいているところに、指やかかとでズボンの上から股間を圧迫したり。物事の分別を弁えるに能う年齢に達していなかったから、理性より、「気持ちがいい」と言う感情や快楽、目先の欲を、どこまでも追いかけてしまったのだろう。

 困り果てた母親は、担任教員に「娘が机の角にお股を擦っているのを見かけたら、注意して下さい」とお願いをした。家に留まらず教室内においても大人の監視下に置かれる旨は、当の私にも伝えられた。

 ここでひとつ、弁明をさせて欲しい。教室の机の高さと、当時の私の股下丈が、そう変わりなかったことを。それは、休憩時間中に友達3人と机を囲ってお喋りに興じていた時だった。私はちょうど机の角に立っており、かかとを浮かせた際に軽く当たったのを契機に、いつもの癖で幾らか緩く擦ってしまったのだ。視線を感じてそちらを見ると、黒板の前に佇む担当教員と目が合い、「口ほどにものを言う」目による叱責を受けた。この時の担任教員の目を、25歳になった今でも鮮明に覚えている。しゃくるように左に傾けた顎、大きく剥かれた白目、顔の向きによって自然と目尻の方へ追いやられた黒目。それは咎めると言うよりむしろ、私への軽蔑だった。

 クラスメイトや友人に指摘されたことは一度もなかったけれど、クラスと言うひとつの組織において、場所や立場を弁えずマスターベーションに耽っていた私のことを、彼らはどう思っていたのだろうか。気付いている子は何人いただろう。「小学校低学年の頃、学校でマスターベーションをしていた」私の過去をもう変えることはできないけれど、もし気付いていた誰かがそのことを思い出したとしても絶対に口に出さないで欲しいし、私自身、できることなら死ぬまで思い出したくない。私は高校3年生の秋、担任教員のある所業により不登校となるのだが、愚かしいことに、私はその時が来るまで「親や教師は道徳を教えてくれるから、子どもにとって絶対的な存在だ」と言う固定観念を持っていた。だからこそ私は、両親や担当教員より授けられた「マスターベーションは汚らわしい行為」と言う誤った知識を、素直に受け取ってしまったのである。性は恥ずかしいもの。他人に口外してはいけないもの。だからこそ、嬉々として妊娠したことを触れ回る心理を、私はいまだに理解できないでいる。

必要なのは「正しい知識」

 月経のこと。精通のこと。女性は胸が成長し丸みのある体付きになること。男性はがっしりとした体付きになりヒゲが生えてくること。女性器の構造。男性器の構造。卵子のこと。精子のこと。受精のこと。コンドームのこと。避妊のこと。エイズのこと。保健体育の授業において私たち生徒に与えられたそれら知識の中に、マスターベーションに関するものは果たしてあっただろうか。

 マスターベーションの際は、手を清潔にすること。膣に指を挿入する際は、爪を短く切ること。誤って膣内を傷付けてしまうと、そこからばい菌が入ってしまうかもしれないこと。感度は、その日の体調や気分に左右されること。アダルトグッズを挿入する時は、衛生のためにコンドームを使用すること。また、使用後は専用のクリーナーで洗浄すること。マスターベーションに罪悪感はいらないこと。

 現在はコンビニエンスストアでコンドームを購入することができる。しかし、中学生や高校生は、アダルトグッズを購入する年齢に達していない。もし、鉛筆や割箸など、膣の粘膜を傷付ける恐れのあるものを好奇心や興味本位で挿入してしまったとしたら?

 マスターベーションは、自分を労わり、気持ちを解放し、リラックスできる、大切な行為。だからこそ、正しい知識を子どもたちに伝えて行きませんか。

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