見出し画像

真っ白の手帳|摩衣の快適部屋とふらふら【#6】

11万キロ走ったデリカカーゴを「我が家」として旅立ったのは、3月17日。そこから半月足らずで二千キロ以上を走破して、分かったことがある。

予定は未定であり、けっして決定ではなく、
ましてや縛られるべきものでもない。

「我が家」を制作する前に、今年の予定をざっくり書いた記事を改めて見返して、気が付いた。たった4ヶ月前に仮決定したばかりなのに、今後その通りになる予定は一つもない。

大まかな予定(数字は月)

どこまでこの通りになるか不明だけれど、現時点で頭にあるのはこんな感じです。こう書き出すと、一年は本当にあっという間です。

1.家を捨てる
2.バンを改装する
3.改装後、桜前線を追う
4.桜前線を追い終わったら仮定住(息子が保育園へ行きたいらしい)
5.GW近辺は人が集まらなそうなところへ移動
6.ラベンダーとルピナスを見に行きがてら北海道内一周
7.南アフリカ
8.南アフリカ
9.南アフリカ→ついでに隣国も
10.仮定住(息子の保育園へマメに通う必要があるため)
11.仮定住(息子の保育園へマメに通う必要があるため)
12.寒くない場所へ移動

自らの2023年の予定表より


3月の「桜前線を追う」を途中まで終えた時点で、色々思うところあり、また突然の(けっして抗うことのできない)出会いがあり、4月以降の予定はすべて変更となった。

桜はちゃんと堪能した。4歳児が撮るとなんか斜め。

抗えない出会いについては次回に譲るのだが、思い返せば私の人生、予定通り計画通りになった試しなんて、ほとんどない。

むしろ私に限らず多くの人は、偶然の出会いや思いつきで、大きな決断をしてしまうのではないだろうか(いや、やっぱり私だけだろうか)。

皮肉にも私には、「手帳術」や「計画表」「工程表」というような【計画的に生きている風】な響きに対して、何故か甘美なものを覚えてしまう性質がある。

しかしながらその実態は、感覚や直感頼りそのものであるため、その矛盾を自分自身が認められない時期もあった。折角手にしておきながら、4月くらいには既に手帳が真っ白なままの自分が許せないのだ(それは只今の私の実態もある)。

エモい駅舎と満開桜のマリアージュ。

しかし「これがいい」と最近、やっと認めてあげられつつある。

デリカカーゴを快適空間にリノベーションする間に経験したこと、またその後、二千キロ以上を走破しながら感じたこと、またその先で出会った人たちのおかげで、新しい人生が開けているのは間違いない。

それは神戸の海辺で定住していては絶対に、手にすることはなかった。

その(とても気に入っていた)神戸の海辺の家を手放すことも、ものの数時間で決めた。そこには、手帳の中に書いた計画はひとつとしてなく、全部「おもしろそう」という直感だけがあった。

現時点の自分にとって思ってもみない経験は、予定に組み込めるはずもないのだ。

ただ捨てがたいのは、この感覚(下記)

ここに全部詰まってる、に憧れる気持ちは今も変わらない。(そして当時はまだ「元夫」は「夫」だったのだな、と懐かしく思う)

そのためのnoteだよね、と。お後がよろしいようで。



この記事が参加している募集

みんなでつくる春アルバム

ここまでご覧頂き、ありがとうございます。 各地で得た経験を読者の方に還元できるよう、精進します😊