書評:『ギリシア人の物語I 民主政のはじまり』塩野七生

初めての塩野七生さんと言うことで、『ギリシア人の物語I』を緊張しながら読んでみたのですが、そんなに緊張しながら読む本ではなく、大変楽しく読ませていただきました。塩野さんはよく大層な対談記事を出されているので、どんな歴史の大家かと思って構えて読み始めたのですが、読んでみれば、この本はいわば『三国志演義』であって、塩野さんは、司馬遼太郎の西洋版であると認識しました。これは、歴史書ではなく、これは、歴史小説だと言うのが感想です。まあ、だからギリシア人の”物語”なのでしょうけれど。読みやすいです。

ギリシア人の物語はオリンピックから始まり、スパルタとアテネの話がメインに始まります。古代ペルシアが大きな国で、これが街道を作って大帝国を作り上げる訳です。その脅威が、大陸の端っこの貧しい国ギリシア周辺に来る訳で、ここにあるのは砦の中の小さな都市国家。この小さな都市国家の連合が、民主制をもって、大帝国ペルシアに勝ってしまうのだから、話として、面白くないはずがない。その政治家の人間劇、少人数と武装を持って大人数を破る、戦闘・戦役の豪快さを以って、大スペクタクルです。面白いです。海軍はどうやって生まれたのかが、この第1巻ではわかります。やっぱり、海軍は、陸軍とは違うのだよ、陸軍とは。

その上で思い出した話があります。司馬遼太郎の『坂の上の雲』と言う歴史小説があり、当時流行したそうです。その現象をみた本田宗一郎が「地球の反対のバルチック艦隊が黒海、地中海回ってはるばる日本の近くの地球の裏側まできたら疲れて負けるのは当たり前の話で、それをゴタゴタ理屈をつけて、日本はどうだと言うのは、本質を見誤る」と怒っていたコメントを思い出しました。

街道主体の陸軍国家であるペルシアが、島々の並ぶリアス式海岸っぽいエーゲ海のギリシアを、遠路はるばる遠征したら、兵站が尽きて負けるのも道理なわけです。兵站の限界ってやつで、長い兵站は船しか使えませんから、船を壊せば補給できずに勝つわけですから、戦略の王道です。まあ、ただ、そこには、かっこいいギリシアのかっこいいリーダーの男たちがいるんだから、三国志の軍師と武将みたいでかっこいいわけで、いい男たちの話にしたくなるのはよく分かります。でも、やっぱり、三国志演義は現実と違いますよね。

塩野さんの本が読みやすくてとても面白いのは、間欠的な史実と史実の間を、塩野さんの分析や想像や主観によって埋めているからであり、そうであるからこそ、滑らかにストーリーが流れ、全体を理解しやすくしている。世界史の教科書にある退屈さが皆無です(司馬遼太郎が読み物として面白いのと同じです)。

私が塩野さんの本をローマの本ではなく、『ギリシア人の物語』から読み始めたのは、漫画の『ヒストリエ』が面白かったからです。『ヒストリエ』自体が、すごく丁寧に歴史背景を分析・解説されている本なので、そこである程度ネタバレしていることも多かったです。むしろ、歴史描写の細かさで言うとヒストリエの方が詳しいかもしれないので、合わせて読むことで、双方の時代背景の理解が深まると思います。どちらもより深く楽しめた気がします。

色々書きましたが、続けて、第二巻も購入したので、楽しみにしております!塩野七生さん、質の高い著作をどうもありがとうございます。

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