書評:『ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論』(朝倉 祐介)

ファイナンスの入門書としてなら、お勧めしたい。
ファイナンスの知識がある人なら、お勧めしない。

話題になった本なので、どんなに斬新なことが書いてあるのだろうと思って読んでみたら、ファイナンスの基礎が書いてある薄っぺらい本だった。知識として新しいものは、事例を含めて皆無であった。コンサルのファイナンス研修でやることを、一般人向けに薄めて書き直した、そのような内容の本であるように私は思えた。

ただ、ファイナンスは経営の基礎であるし、とても役に立つ。戦後日本のPL脳(というより、平成の平凡な経営者たちの病気)を描き、「ちゃんと経営しようね」と朝倉氏は言っているのだと思う。振り返って、日本企業の経営を見てみると、ここに書かれているようなことは全然できていない。要するにファイナンスがなっていない。だから、この本に書かれているように、ファイナンスを考えて、企業経営をすることは日本企業にとって大切であるし、とても役に立つだろう。だから、この本は世の中の役に立つ本なのだと思うし、意義がある本なんだろう。だから、売れもしたし、話題にはなった(残念ながら、私はそのターゲット読者から外れていたのだと思うし、ちゃんと朝倉氏は最初にターゲットを規定しているので、amazonで本を買う私が悪い)。

私は株式投資家で、バリュエーションを自分でする。そこにファイナンスが必要なので、基礎的なファイナンスは知っているし、その知識を株式投資にも活用もしている。そして、それは株式投資の役に立っている。

そのような視座に立ってこの本を見返して、あえて略語だらけで書くと

「ちゃんとDCF出して、NPV考えて意思決定しようね」
「事業ポートフォリオをマネージしようね」

の二言に尽きる。この二つしか書かれていない。

ちなみに株式投資に使うレベルからするとこの本にある企業のファイナンス分析は薄っぺらくて使えないのであるが(例えばamazonの分析とか)、用途が違うから、これはこれでいいのだと思う。

朝倉氏のいうPL脳とは、つまりは、会計の誤用でしかない。会計は解釈の余地があるので、利益のかさ上げをして税金を増やすことで、キャッシュフローを減らすことができる(そしてそれは、ちゃんとした経営者がすべきことではない)。「生兵法は怪我の元」の生兵法を会計においてやっているにすぎないのだが、世の中の経営者や、日本企業の意思決定者に、生兵法が蔓延しているだけである。東芝の社長経験者などは、生兵法の最たるもので、会社を壊滅的に潰してしまった。考えてみると、こういう西田さんみたいな生兵法な人たちが、経団連の会長をやっていたのだから、平成の日本経済も救われなかったわけだ(ぜひ、中西会長には頑張っていただきたい。そのお膝元日立製作所も現場では典型的なPL脳である気もするので、ちょっぴり不安がないわけではないが、川村会長が事業ポートフォリオを組み替えたのは事実なので期待をしております)。

うろ覚えだが、確か昔のファイナンス研修では、こう教わった気がする。

・会計は税金を決めるため
・ファイナンスは意思決定のため
・Economic Value Addedは、株主価値の向上のため

に存在する。

事業の意思決定を間違えないためにも、ファイナンスは重要であるし、その重要性を説くと言う意味で、この本には社会的な意義があるのだろうと思う。

また経営者の立場に立った朝倉氏である。このような単純なことでも、知っているのと経営者として実践することは異なり、単純なことを実践することに意義があると言うことなのかもしれない。


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