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書評:『宿無し弘文 スティーブ・ジョブズの禅僧』(柳田由紀子)

スティーブ・ジョブスのメンターが日本人で、それは乙川弘文さんと言った。スティーブ・ジョブスが慕っていたのが、曹洞宗のお坊さんだったと聞いて、スティーブ・ジョブス好きとしては、読んでみようとこの本をkindleで買ったわけだ。

私は少し放浪癖があるので、こういう宿無しとかいう言葉にも弱いのだ。

まあ、しかし、この本はちょっと危険な本である。

私、この本をあまりちゃんとチェックせずに買って読み出したのだ。米国に住む日本人の著者が、スティーブ・ジョブスの師匠でありメンターである弘文さんという禅僧の生きた跡を追うロードムービー風の本がこれである。NHKのドキュメンタリーっぽく作ってあるのが、本として面白い。まあ、小説としてだけど。

弘文さんに関わりのあった人たちに、弘文さんについて話を聞いていく。たくさんの人が出てきて、だんだん弘文さんという人がわかっていくという推理小説仕立ての構成になっているので、読み物として面白い。

価格分の価値は十分あると思うので、詳しい中身は本を買って読んでいただくとして、私なりの本の中の理解を書いていこうと思う。ネタバレになるかもしれないので、内容を楽しみにしたい人は、本を買って読んでからこの書評を読んでもらいたい。

ちなみに、表紙をちゃんと見ずに読み出した。途中まで著者がおっさんだと思って読んでいたら、最後に女性だということに気づいて衝撃を受けた。米国の大陸縦断ドライブとか、どこでもインタビューしちゃうのとか、この著者の行動力は米国的で素晴らしいと思うよ。

スティーブ・ジョブスが若者だった頃、禅がかっこよかった

まず、時代背景を知っておいた方が良さそうだ。

ジョブスが生まれ育ったのはヒッピー世代。インターネットの創成期にもよく似るが、村井純さんが髪の毛長かった時代の文化がヒッピー文化である。ベトナム戦争とかあって、物質社会中心のアメリカ合衆国の中で、エスタブリッシュメントに歯向かう中坊のような文化が米国のヒッピー文化である。今までの「物質に溢れて、金が沢山あれば幸せ」と言う米国的な価値観を否定するために、ヒッピー文化は生まれたと言って良い。

だから、彼らは貧乏である。ヒッピーが戦う相手は、金持ちであり、エスタブリッシュメントであり、物質文明であり、キリスト教のプロテスタントであり、24時間働くサラリーマンである。

だから、麻薬はやるし、性に対して自由でセックスはしまくるし、大人は嫌いだし、キリスト教は嫌い。と言っても、アメリカ合衆国にはキリスト教以外の宗教がないから、新たな自分たちにあう考え方として、新たな哲学や宗教を求めていた。それに合致したのが東洋の仏教。その中心地が、ジョブスのいたサンフランシスコであり、西海岸である。

そこに、ジョージ・ルーカスのスターウォーズに出てくるヨーダのような禅僧がやってきた。仏教が大ブーム。もう、弘文さんなどは、修行を終えたヨーダである。当時の若者は、ヨーダに師事して、ジェダイの騎士になりたい。

と言うことで、禅僧モテモテだったんだそうだ。

そんな時代に、弘文さんは西海岸に現れる。

新潟の坊ちゃんたる弘文さん

弘文さんは、新潟の由緒あるお寺の坊ちゃんである。仏教のエリートとして育ち、大正大学から京都大学の大学院に行って仏教のお勉強をしていた。仏教界のエリート。さらに禅宗の曹洞宗である。総本山の一つである永平寺で修行も終えて、お坊さんとしてはエリート中のエリートである。永平寺といえども、学歴はみるわけで、中卒・高卒が多い中、旧帝大、しかも京都大学の大学院で仏教を研究していたのだから、特別扱いの弘文さんなのである。

ちゃんと、お釈迦様の勉強もした弘文さんは、文献研究だけでなく、実践としての宗教を指向する。その中で、「ゆー、米国きちゃいなよ」と言う人に誘われて、米国のサンフランシスコに来たのが、若き日の弘文さんなのである。

曹洞宗のお坊さんも硬派になると、酒も女性もNGであるらしい。弘文さんは、そういう誓いをしようと思っていたらしいけど、ヒッピーに大人気の当時の米国西海岸。おまけに、ヒッピーがヨーダを求めて集まってくるのである。弘文さん、男性にも女性にも大人気。

大人気といえど、ヒッピー文化といえば、麻薬もやるし、酒も飲むし、フリーセックスである。もう、弘文さんモテモテで、ヒッピー文化に適応して、酒も飲むし、セックスもするし、麻薬も試してみるときたら、もう、破戒僧である。看護婦さんに追っかけられて結婚である。

永平寺の雲水ときたら、女性の色気など皆無で、煩悩にまみれた雲水が、同性愛に目覚めてしまうような印象があるようなところから一転。生真面目な裏日本育ちの弘文さんとしては随分と常識が変わってしまったに違いない。

と言った環境で、スティーブ・ジョブスは禅と出会い、弘文さんに出会う。

世の中にキレていたジョブスを諭す弘文さん

スティーブ・ジョブスは天才なので、秀才と違って人間としてのバランスが悪い。世の中のおかしいところをたくさん見つけて直してしまおうとするわけだが、普通に生きているとただの不満分子である。

その不満をどうぶつければ良いのか、禅の教えで諭して行ったのが、この弘文さんであるそうだ。

Stay hungry, Stay foolish

なんていうジョブスのスピーチが有名だけれども、これは禅の教えで、弘文さんが色々説教していたものと内容が同じらしい。弘文さんの説法が、ジョブスの心に響いたのだろう。

砂糖水を売っていたCEOにアップルを追い出されて、ネクストステップを作っている頃などに随分とメンターとして弘文さんを頼って相談していたらしい。ジョブスは修行して禅僧にもなろうとしたが、「ビジネスパーソンでも修行をすれば良い」と諭されて、ビジネスマンとしてやっていくことにしたスティーブ・ジョブスさんなのである。

ジェダイの騎士になりたかったスティーブ・ジョブスは、ヨーダ役に弘文さんを選んだと言うのが、私は正しい気がする。

そして、スティーブ・ジョブスは弘文さんを自分だけの師匠にしたかったけれども、それはうまくいかない。弘文さんは弘文さんで、世界に禅宗を広げるのが、ミッションだったから(これ、宗教的には、変な言い方)。

で、どうしようもない弘文さん

と、世の中を変えたスティーブ・ジョブスの師匠であり、メンターであった弘文さんであるから、さぞ高僧なのかと思うと、そうではないのである。

世俗に紛れて結婚するし、クレジットカードを使いすぎてお弟子さんたちが立て替えるし、お金を人にあげちゃって家族はお金に困るし、嫁さんに捨てられて離婚もするし、子供には嫌われているし、さらに美人で精神が病んだ嫁さんとも再婚して子供を作るんだけど、ジョブスにもらったクレジットカードを使いすぎてジョブスも呆れるし、最後は、子供と一緒に溺死してしまう。

さらに、酒呑んでばかりで、子供にも嫌われ、基本的に信者とお酒を飲んでいるだけ。最後は、内臓までボロボロである。と、慎ましい高僧と言うのとは極めて程遠い存在が、弘文さんなのである。

進んで地獄に堕ちた弘文さん

一見すると、ただの堕落した破戒僧に見える弘文さんだが、そうでもない。結局、ヒッピー文化大全盛の米国西海岸に適用する禅僧を作ろうと思ったら、世俗に紛れないと浸透できないのである。

諸葛亮孔明の「出師表」などやっていては、劉禅さんが降伏して、蜀を滅ぼしてしまうのである。

何が言いたいのかというと、劉禅さんのような出来の悪い人に、超出来の良い諸葛亮さんが説教を垂れたところで、「けっ、俺とお前は違うよ」で終わってしまって、話も聞いてもらえない。禅の教えなど、広められないのである。

なので、弘文さんは、進んで地獄に堕ちて見た。修行だと思って、性格のキツい嫁さんをもらい、昼から酒飲んで酔っ払って、悩める子羊達と一緒にバカをやって仲良くなり、それから禅の教えを広めていった。諸葛亮孔明であれば出来が良すぎて話は聞かないが、昼から酒を飲んで、麻薬もやったことがあり、離婚歴があるようなダメ男が禅僧なら、話も聞いてみようという話になると言うのが、弘文さんの作戦だったんじゃないか説である。幸い、旧帝大卒と言うのは米国人には響かないので、壁も作られない。東洋の不思議なお坊さん、堕落したヨーダである。

まあ、弘文さんは、詩人であったらしいので、禅の教えを美しい言葉で伝えることができたらしい。仏教の哲学の教えを、人生の生き方を美しい言葉で伝える弘文さん。人生の迷いを断ち切ってくれる仏教の教えと美しい言葉。そういう天才具合が、スティーブ・ジョブスが好きだったんだろうねと思いながら、本を読んでました。

スティーブ・ジョブスと禅

ジョブスは晩年、死ぬ直前に永平寺に行ってみたかったようなんですね。また、仕事を続けながら、禅の修行は続けていたし、瞑想や禅をやっていたのが有名。その禅を教えたのは、弘文さん。スティーブ・ジョブスを気をiMac, iPhone, iPad, macbook airへと導いたのは弘文さんと禅であるわけです。

ジョブスは、「瞑想をしていると、直感が閃く」と言いますが、まあ、やってみると分かるもんで、私も、こんなザフを買って、座禅を組んで静かで暗い寝室で瞑想してみたら、考えがまとまるもんです。まあ考えている時点で無じゃないんだけど。そして、無じゃないと、禅じゃないんだけどね(一応、永平寺に言ったことあるんですよ、私)

そうやって、スティーブ・ジョブスの言動を振り返ってみると、色々彼の変人じみたと言われた行動がわかってくる気がします。

例えば、これ。mac G4 cube

https://wired.jp/2020/08/01/20-years-ago-steve-jobs-built-the-coolest-computer-ever-it-bombed/

全然売れなかったこのハードウェアですが、技術的にマチュアでもないのに、スティーブ・ジョブスは、PCからファンを取り除くことにすごくこだわっていた。それは、たびたび「病的」と言われた。

なんですけどね、PCのファンの音って、すごく座禅の邪魔なんですよ。座禅中のジョブスが、「うるせんだよ。ファンの音。美しくねんだよ。どっか行け」と思ったのは、私はよくわかります。うるさくて集中できないんですよ。

と、ちょっとスティーブ・ジョブスの後を追ってみると、ジョブスの気持ちも凡人にも少しわかってくるんじゃないかと思います。

禅というのは、曹洞宗で、武士の仏教です。

浄土真宗が「お経を唱えれば天国に行ける」というおめでたい教えをして農民を救う中、自己の精神世界を鍛えて悟りを開くのが禅僧であり曹洞宗です。んなもん、一般大衆には受けません。ストイックすぎるから。

で、曹洞宗は、実践重視なんですね。禅問答してくるぐらいなら、まず座禅して精神を研ぎ澄ませてみろと。まあ、こうなるわけです。ストイックだから。

そういった座禅からくる直感から、ジョブスは色々な余計なものに気づき、研ぎ澄ましていく中で、色々なappleの素晴らしいプロダクトを作って行ったんじゃないかなあと、私は勝手に想像しているのでした。

ということで、ジョブスが好きな人は、この弘文さんのこの本を読んでみることがおすすめです。

少し刺激が強めな本なので(弘文さんは破天荒なので)、この本を読んでも、ジョブスの真似はしても弘文さんの真似はしないように気をつけましょう。ちょっと危険な本なのです。

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