阿佐ヶ谷、ネオ書房 "新"店長・切通理作インタビュー


 阿佐ヶ谷にある、貸本屋として始まり、古書店として経営を続けてきたネオ書房(東京都杉並区阿佐谷北1丁目27−5)。
 惜しまれつつ一旦閉店したが、19年8月10日から新たに、評論家の切通理作さんが店主となり、古書店として再出発する。
 19年7月3日。切通さんが前のご店主からネオ書房を引き継いだその日に、お店にお邪魔した。光栄にも取材第一号だそうだ。
 店内の本棚にはまだ一冊の本も並んでいなかった。
 一体、この空間がどんなお店に変貌してゆくのだろう?
 予感に満ちた空間で、切通さんにお店の構想をうかがった。

取材・構成=寺岡裕治

(※冬刊行の冊子「暮らしのなかの映画(仮題)」にこのインタビューのロングヴァージョンを収録予定)

二つの新機軸で「ネオ書房」


ーーこのたび切通さんが引き継ぐ阿佐ヶ谷のネオ書房。どれぐらい古いお店なんですか?

 この建物自体はいつ頃に建てられたものかは、わからないんですけど、貸本屋として営業をはじめたのは1954年だそうです。奇しくも僕の家族が阿佐ヶ谷に住み始めた年なんです。

ーー切通さんの大好きな「ゴジラ」(本多猪四郎監督)が公開された年ですね。あとは「七人の侍」(黒澤明監督)とか

 そうなんですよ。ネオ書房はチェーン店で、ひと頃は全国に200店舗あったそうです。この阿佐ヶ谷店の前のご店主は、創業者のご親族なんです。

ーー切通さんも、ネオ書房を利用していましたか?

 60年代までは「貸本専門の本」というものが存在していたんですが、僕が子どもだった70年代には、一般の本にビニールをかぶせて貸し出ししていました。おこづかいも足りないし、友だちに借りるのも限界があるから、1冊50円ぐらいで漫画本を借りる、という感じでしたよ。

ーー評論家の川本三郎さんは50年代中盤、この店で『ハヤカワ・ポケット・ミステリ』を借りて読んでいたそうです。

 同じ頃、教員採用試験後の就職浪人だった僕の母もネオ書房のおかげでアガサ・クリスティのファンになりました。ネオ書房に、親子二代にわたってお世話になっていることになります。

ーー「ネオ書房」という店名はとってもモダンで、でも、なんだか不思議でもあります。どういう由来なんですか?

 新刊書店に対して貸本屋だから「ネオ」と名乗っているかと思っていたんですが、実は一昨日、初めて事実を知りました(笑)。
 貸本屋って、昔は保証金として本の定価を払ってもらっていたそうなんですよ。つまり貸本料金が50円で、本の定価が350円だったら、400円もらって返却時に350円払い戻していたんです。
 そこに新規参入したネオ書房は、保証金を取らない貸本屋としてスタートしました。保険証などの証明書さえ持ってくればOK、というスタイルをはじめた初の貸本屋なんです。
 もうひとつ、それまでの貸本屋は、おそらく新刊書店さんと紳士協定があって、ちょっと古くなった本を貸していたようなんです。が、ネオ書房は、新刊を貸し出すことをはじめたそうなんです。
 その二つの新機軸から「ネオ」(ギリシア語で「新しい」)と名乗ったそうなんですよ。 

ーーへえぇ! そんなネオ書房は、やがて古書店になったんですよね?

 90年代に僕がライターになったばっかりの頃は、まだ貸本をやっていました。貸本って「買いたい」と言えば売ってくれたんですよ。安くはならないんですけど。僕はここで、もう本屋で手に入らなくなってしまった安達哲の漫画『ホワイトアルバム』全2巻(88年、講談社)を買った覚えがあります。今みたいにAmazonもなかったですし。
 それが、おそらく00年代前後に完全に古本屋になったんだと思います。実はずっと、貸本時代の在庫を売っているだけだと思っていて、店の前を通るたんびに、おこがましくも「俺が受け継いだら、どうなるだろう?」と妄想していたんですよ。
 でも実際を知ったら、前の店主の方は現在91歳なんですけど、80歳をこえてからネットで古書販売をはじめて、新たな古書もちゃんと入荷して、Amazonなんかでも販売していたんだそうなんです。
 しかし、万引きに入られて大量に高価な本を盗られてしまった。それで閉店することになって、僕が引き継ぎ手として名乗り出た、というのが、これまでの経緯なんです。

↓貸本屋時代のネオ書房で使用されていた看板たち


密度の濃いカオスな空間に


ーー新生ネオ書房の構想を教えてください。どんなお店にしたいと考えていますか?

 僕はカオスなお店が好きなんですよ。前々からそういう空間に行くと「こういう店、やりたいなあ~」という脳内妄想が広がっていたんです。
 たとえば、90年代の中盤から後半くらいだと思うんですが、中野ブロードウェイにあるトリオとタコシェが同じ場所でやっていた時期があったんですよ。自費出版の冊子と、昔のピンク映画のポスターや雑誌のバックナンバーが渾然一体、カオス状態で販売されていて。

ーーいまはもっと、店によって置かれている品物のジャンルが整理されてしまっていますね。

 そうなんですよ。当時は、あの場所に行くたんびに「こんな空間に来れて幸せだなあ~」みたいな、もう、忘我の境地に入っていたんです。それで、お店の空間に浸りながら「いつか自分もこういう店をやってみたいな~」と空想したり。でも、一歩お店の外に出たら「いや、お店を経営するのなんて無理!」と、我に返っていたんです。
 あと、もうひとつ同じような感覚になるお店があって。それは、現在もそのままありますけど、模索舎なんです。

ーー新宿御苑前にある「ミニコミ(自主流通出版)・少流通出版物の取り扱い書店」(公式サイトより)ですね。

 大学生のときに作った同人誌『猫の結核』を置いてもらってたんです。当時はゴリゴリの新左翼とか右翼とかの冊子が多かったんです。それが、90年代ぐらいからですかね、サブカル本も置かれるようになったんですよ。今の模索舎って、社会思想系の冊子と一緒に、中小の出版社の娯楽系の本、映画の本も置かれていますよね。ああいうカオス空間に入るとアガるんですよね! 「もう、楽しいな~」って(笑)。
 ネオ書房は、それらのお店に比べると敷地が狭いんですが……でも、狭いからこそ密度の濃いカオスな空間にできたらいいな、と思っています。 


↓店内に立つ切通理作店長。中の書棚も、外の店名が書かれたテントも、そのまま旧店舗を引き継ぐかたちに。


駄菓子屋って、ロマンがあるなあ!


ーーネオ書房には、本だけでなく、駄菓子も置かれるそうですね。

 駄菓子を置くのは……阿佐ヶ谷では2018年まで松山通り商店街でネギシ読書会・中杉通り店という貸本屋さんが営業していたんです。実はそれが「日本で最後の貸本屋」だったみたいですね。
 僕は子どもの頃からずっと通っていたんですが、でも、大学生になった80年代頃には、すでに子どもたちが来るお店ではなくなってしまっていたんです。ファミコンとか色々な楽しみのある年下の世代が「貸本屋の客」にならなかったんだと思うんです。

ーー当時のお店の様子はどんなでしたか?

 僕たちが通った頃のような小学生なんか全然いなくて。お客さんの年齢層が上がっていて、たとえば大学生や社会人の女性のお客さんが、吉田秋生とか大島弓子とかちょっと通好みな漫画を貸りていくような店になっていたんですよ。
 20~30年前から、貸本屋さんはそういう感じだったので、自分で貸本屋をリニューアルして、古書店として開店するにあたって「ちょっとでも子どもが入りやすくできるように」と思って「駄菓子を置いてみよう」と思ったんです。
 で、最初はそういう動機だったんですが……最近、いろんな駄菓子屋さんを巡ってみたら「駄菓子屋って、ロマンがあるなあ!」と思いはじめたんです。リサーチしていくと、本当に面白いんですよね。
 たとえば、僕の子どもの頃にはなかったんですが、駄菓子屋の前にはよく「10円ゲーム」って置いてありますよね。

ーー10円ゲーム?

 10円玉を入れると、パチンコみたいな機械のなかを10円玉がリレーしていって、「あたり」になるとコインが出てくる機械です。そのコインで、店内の駄菓子と引き換えられるようになっていて。そういうふうに、お店の中と外を往還できる導線があって、お店自体で遊べるようになっているんですよね。あとは地方に行くと、家で採れた柿を売っていたり、お店お店で意外と自由な感じなんですよね。
 それに駄菓子って、新品として流通しながら、レトロっぽいというか、懐かしさがあるんですよね。「レトロっぽい」という枠の中で遊ぶ感じで新作が今でも作られている、というか。で、駄菓子って「現実にあるものの模倣」になっていたりしますよね。

ーータバコ型の砂糖菓子ココアシガレットとか、お札の包装紙を剥いて食べるチョコレートとか。

 あれがときめくんですよ! あれって、子どもにとっての「現実への入口」なんですよね。そこから、子どもが「映画を観る」とか「本を読む」とかにつながる空間をつくりたい、という夢が僕にはあるんです。


↓あだち充風イラスト入り貸本屋時代の看板と切通店長(実はこの看板、柱の陰になっている部分が欠けている)


みせびらかしたいから、売っちゃおう!


ーーいま、そういう空間って、実店舗ではなかなかなないですよね。

 そういう意味でも、やりたいと思っているのは、新刊、古本問わず置いている本に「この本はここが面白い!」とか書いた説明文を、剥がせるシールで貼ろうと思っているんです。
 たとえば映画評論家の佐藤重臣の『祭りよ、甦れ!―映画フリークス重臣の60s‐80s』(97年、ワイズ出版)だったら「無名時代のオノ・ヨーコの奇行が書かれています!」とか「俺のおすすめポイント」を貼ったり(笑)。あるいは、僕の知り合いのおすすめ本も、そういうかたちで販売したいと思っているんです。
 それに、以前に僕が執筆した書評のコピーを店内に貼ったり。「店主が書評した本を置いている本屋」なんて、他にないじゃないですか!


↓ネオ書房の本には、切通店長直筆の説明文と値札が貼られている(8月6日に追加取材)


ーー切通さんや知り合いのおすすめの本を中心に置かれるんですね。

 自分の蔵書からも売るんですけど、小学生時代の自分の名前のハンコが捺してある本があったり、ペンで名前を書き入れている本があったり。

ーーえっ! 切通さんの蔵書も古本として販売するんですか?

 今まで買った本、CD、LP、レーザーディスク。実は、いままで人生で古書店に本を売ったことはほぼほぼないんですよ(笑)。

ーーええっー! いったいどういう心境の変化があったんですか? 

 自分の本棚を充実させてニヤニヤしていても、誰も見てくれないじゃないですか! みせびらかしたいから、売っちゃおう! と(笑)。
 あともうひとつ古物商でよくあるのは、誰かが亡くなって「遺品を買い取る」というケースですけど、それを生きている間にやっちゃおう、と(笑)。一種の生前葬かもしれないですね。
 だから「自分にとって無価値になった本」を売るんじゃなくて「自分にとっていつまでも価値のある本」こそ売っちゃおう、と思っているんですよ。仕事に必要な本だけ残して。売った本が仕事で必要になったら、Amazonなどで、また買えばいいし。

ーー大胆で、面白いですね! ほかにも聞きたいことがまだまだありますが……新生ネオ書房、これは期待にたがわず、相当面白いお店になりそうですね。

 ほかにも2階を小規模なイベントスペースにして、10人程度で集まって講座やトークイベント、映画の上映会を開催します。そういうことをしながら、ネオ書房を「個性を保ちながら、開かれたお店」にできたら、と思っています! 2019年8月10日正午開店予定です。ぜひご来店ください。よろしくお願いします!!


↓開店を4日後に控えたネオ書房の店内にて。自著を臆面なく面出しするのはもちろん、師匠・町山智浩氏の本は揃える予定。高橋ヨシキ、モルモット吉田、御代しおり、滝口明氏ほかのプロデュースによるセレクションも展開していくという。(8月6日に追加取材)

ネオ書房 所在地:東京都杉並区阿佐谷北1丁目27−5

きりどおし・りさく
1964年東京都生まれ。文化批評。編集者を経て93年『怪獣使いと少年―ウルトラマンの作家たち』(宝島社)を著わす。映画、コミック、音楽、文学、社会問題をクロスオーバーした批評集を刊行。また映画作家研究として『宮崎駿の“世界”』(ちくま新書、のちに増補し文庫化)でサントリー学芸賞受賞。13年12月より、日本映画全批評メルマガ『映画の友よ』(夜間飛行)配信中。それが高じて初監督作品『青春夜話 amazing place』を作る。19年8月10日よりネオ書房店主。

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