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ディフスランド騒乱記 「序章:決戦顛末」

 見渡す限りの赤。赤。赤。斑点を作るように黒。死体だ。
 色とりどりであったろう旗印は、逃げ惑う残党とそれを追う者たちに踏みしだかれ、全て泥濘の褐色に染まっている。暗雲垂れ込む空には死体を狙う大鴉が輪をなし、歓喜の歌を歌う。
 聖暦百五年、風光明媚で有名なザボーヒルの平原は今や地上の地獄の有様であった。

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「まこと、多くの勇士が集まってくれた」
 豪奢な外套の青年が兜のバイザーを上げ、感慨深げに呟く。彼が攻め手であるランズバック国の第一王子、セドリックである。
「壮観ですな」
 そう頷くのは四十がらみの偉丈夫だ。アジュアウッド城主、マッケンジー卿。幼少より父の遠征行に付き従い、ベッドで寝るより石を枕にした夜の方が多い古強者であった。そして、此度のディワン国誅伐の総指揮官でもある。
「これも国王陛下の御威光と、神の思し召しあっての事です」
 あちらは赤地に双頭の竜。こちらには青に有翼の獅子。名門から新興、名を聞いたこともないような飛沫貴族のものまで、あらゆる諸侯の紋章が風に踴っている。これだけでも、この戦へかける王の思いが伺い知れるというものだ。
 小競り合いを繰り返しつつ敵戦力をこの地へ誘引、決戦にて撃滅。手薄となった要害ヘイセホール城を一挙攻略、西の守りを万全とする。これがランズバック側の計画であった。
「うむ。必ずや期待に応えねば。」
 万に一つ負ける要素などない。二人は敵を哀れに思った。

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 どこで間違ったのだろう。泥に抱かれ、冷たい雨に打たれながらマッケンジー卿はひとりごつ。
 ああ、日和見決め込むウォサクストン公の説得に失敗せねば。あるいは寝返り諸侯を我が隊で殲滅しておれば。
 落ち武者刈りだろうか。興奮した様子の声と足音が近づいてくる。陛下、申し訳ありませぬ。

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 実のところ、彼の見立ては当たらずとも遠からずであった。地域パワーバランスを永劫に変えたこの戦いの勝敗は、開戦前より既に決定していたのである。

【一章:「八十二年御家騒動」に続く】

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