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敏腕探偵・金剛田一:黒曜館事件 1-1

「では、改めて整理しましょう。」

 築60年を数える傘松邸の瀟洒なエントランスには、三人の人物がいた。邸宅の持ち主である傘松氏の孫、薫。執事長、戸村。そして此度の事件の担当、裾山刑事。

「“傘松茄子”消失に気づいたのは今朝5時。掃除の際。間違いないですか。」

 戸村が頷く。

「は。間違いありません。」
「他に被害は無し。戸締まりも確実にされていた……決め打ちか。」

 その時、開け放されていた扉からの光が不意に途切れた。一人の偉丈夫がその大きな体を畳んで入ってきたからである。

「……来たか、金剛田一。」
「お久しぶりです。裾山さん。」

 口調こそ馴染みに向けるそれだが、そこには警戒心、あるいは敵意が含まれている事を、薫は奇妙に思う。

「どの程度把握している?」
「あらましは移動中に。さて傘松さん。ここに居ないもう一人……傘松恒喜氏のお話も聞きたいのですが。」

 ―――

 コツ。コツ。
 薫は一瞬の躊躇いののち、静かに叔父の私室の扉をノックする。

「おじ様、刑事さんからお話が。」

 反応はない。

「おじ様?」
「おかしいですな……」

 普段なら、聴くに耐えぬ罵声が返ってくるところである。

「鍵は?」
「全て恒喜様が管理を。立ち入られるのを好まれませんから。」
「最後に彼を確認したのは?」
「……昨晩でございます。」

 再び扉を叩くも、沈黙したまま。

「僕に任せて下さい。」

 金剛田一がうっそりと歩み出る。そして。

「ぬんッ!」

 木材の砕ける音とともに、鍵の機構もろともドアノブが脱落する。唖然とする一同をよそに、ズンズンと踏み込む金剛田一。彼は開いたままの窓を見やり、その下に屈んだ。

「見てください、このカーペット下の汚れを。ふんッ!」

 床に散乱した書籍類を跳ね上げながら引っぺがす。その下には、赤黒い染みが広がっていた。

「血です。」

「……これだから厭だったんだ!」
 薫はもはや、叔父の心配どころではなかった。刑事さんからの敵意の正体、こういう事?

【続く】

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