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The Canon's back, or New Problem.

 すう、と呼吸を整える。すえた空気に混ざる、リン化合物の臭い。
「AGHRRRR!」「AGHRRRR!」
 いま俺の後ろでガルガル言う魔犬どもお得意の武器だ。牙を打ち鳴らした火花に噴射した瓦斯を引火させるわけだが、勿論そうはさせない。
 行く手を塞ぐ木箱に手をつき、体を持ち上げて反対側へ着地。射線を切る。しかしこの程度の障害物は当然その驚異的脚力で越えてくるだろう。それが俺の狙いだ。
 1、2、投擲。ひょうと風切る二本のナイフが、ジャンプの只中顕になっていた肋骨の隙間を過たず貫く。二頭の魔犬はぎゃ、と短い悲鳴だけを残し、べちゃりと無様に墜落する。
 絶命を確認し得物を引き抜くと、緑の血が溢れだす。路地裏フレグランスの新ブレンド。テムズのドブ浚い衆でも顔をしかめて足早に立ち去る事だろう。

『見事な手並みだ!』
 ひと息つく間もなくインカムから甲高い声が響き、拭っていたナイフを取り落としかける。
「……ウィルソンか」
『惚れ惚れするよ!流石は』
「この刺客はなんだ?予定外だ。下調べは気取られてなかったんじゃないのか」
 こいつと話す時は語りだす前に遮るに限る。質問への返答は期待していない。
『予定外ではあるかもしれないけど、想定内ではあったんだろう?ふふ、君はいつもそうさ』
 心底可笑しそうな口調に自然と舌打ちが出た。
『警察はアテにならない。僕らは何度も思い知らされて……』
「こう足止めされては、"2世"の予告に間に合わない」
『いいや君なら可能だ!なぜなら君は、ああ!』
 ほぼ嬌声に近い絶叫。再度舌打ちが出る。
『君は、彼なのだから!』
 ああ、その通りだとも、"我が友"。毛の一本から爪の先まで、俺はあの世界最高の頭脳と同じに作られた。
 俺はエルロック。エルロック・ショルメ。

『新手だ!』
 言わずとも。既に跳んでいた俺のブーツの底を、鎌首が掠める。
『ハハハ、"斑紐"だ!思い出すかい?懐かしいな!』

【続く】

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