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エッセイ 私の小説の書き方55 英語で小説を書く作戦。今のところどんな感じ? この先はどうなる?

☆写真はノンキにそびえるカルガリータワー。

昨日、初めて会った日本人の女性と話した。私が、「英語で小説を書いてるんだよ。」と言うと、「え、それでニュアンスとか伝わるの?」と聞かれた。その人は読書家で、キンドルで日本の新しい小説を買って読んだりもしてるらしい。

ニュアンスね。私はそれは考えてない。じゃあ私は自分の英文小説でなにを表現したいのか、それを考えてみた。

例えば、「あっちからちっさいイヌが歩いて来て、そこでこけた。可笑しかった。」それを言いたい。だから、その犬がどんなに微妙な色で、どんな風にこけて、そういう細かい表現は関係ない。「犬がこけて可笑しかった。」私は小説の中で、なにがあったのか、それでどう思ったのか、それが言えれば十分。ストーリーを中心に語る。

ニュアンスとは、私にとって「詩」みたいなもの。英語で「詩」は書けないし、そういうことをしようとしていない。日本人の作家で、外国に住んで、なんとか自分の文章のニュアンスを正確に翻訳してもらおうと、膨大な労力と財産を使っている人がいるのも知ってる。

私が好きなのは、自分が英語で書いて、友達に添削してもらって、家に帰って綺麗に直して、それを日本語に翻訳する時。滅茶苦茶面白い。意味をなさない部分もあるけど、それがいい味になってると思う。つい、英語で書いてないことも加えたくなってしまう。でもそれはやらない。それが笑える。

だから、私は友達に直してもらう時、「完璧にしなくてもいいから。どこかで日本人の子が一生懸命英語で小説を書いてる、その感じが出てもいいから。」と言っている。その人は自分も日本語が私の英語くらい話せるし、私と同じ双極性障害だから、私の小説の内容も深く理解してくれる。病気の話しばっかりだからね。

どうして英語で書いた小説を日本語に翻訳するのがそんなに楽しいのか、考えてみた。それは、自分が日本語で書く場合でも、そのくらいシンプルに書ける可能性が見えるからだと思う。

宮本輝氏のモットーは、「説明しないこと。不完全さを残すこと。」だそう。あの文体を作るには相当な修行が必要だったらしい。先生に、削られるだけ削られた、という話しを読んだ。削られたくない所まで削られて、それで掴んだ文章らしい。

私の場合、書く時、自分が本当のところ、なにが言いたいのか、それを中心に考える。英語でも日本語でも。もしかして私は、元々あんまりニュアンスを伝えることに興味のないタイプの物書きなのかも知れない。

ストーリーの流れに関係あるなら、いくらでもニュアンスは加えられる。例えば、誰かに怒っているとして、あっちから来た子イヌにチラチラ睨まれて、余計腹が立って、そいつは昔隣の家で飼ってた、うるさいイヌとそっくりのヤツで、白と黒のブチで、鼻が潰れて不細工で、色々考えてたら、イヌが道に落ちていた小石に躓いてこけて、思いっ切り笑ってやったら、スッキリして、そしたら擦れ違い様にソイツは俺の方を見て、尻尾を振って、愛想笑いをした、とかそんな感じ。

ここまで書いても、絶対微妙な詩的なニュアンスなんて出て来ないもんね。天気がどうとか、景色がどうとかも。面白いね。昨日その女性に言われるまで気が付かなかった。

このまま、英作文教室をやってみようと思う。書いてることがいつも似てるから心配だ、と言ったら、「そのうち飽きるからそのままいけ、心配するな。」と言われた。添削してもらいながら、創作教室にもなってる。彼もライターだから。しめしめ。

カナダ人の友達に自分の小説を読んでもらえるのは、妙な感じ。こないだ「ゲイの男にこんなにナイスで真面目なヤツいるもんか。」という妙な感想を言われた。そういうことを言われるとは思わなかった。

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千本松由季 Official Blog

小説書き。生きづらかった日本を脱出して単身カナダへ。恵まれた自然の中でプロを目指して執筆中! 書いた作品は70作以上。短編はマガジンにまとめました。長編はこちらから⇒ https://ehappy888175296.wordpress.com/

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